「夫を餓死させられた満天姫」 その14

『愚かな正則』

福島正則は愚かだった。

それでも矛をおさめず、屁理屈をこねて伊奈昭綱の首を要求した。

福島正則(1561-1624年)
fu.福島正則

要求を聞き入れられなければ、家康公へのこのうえの忠勤は覚つかないともいう。

いまここで、関ヶ原圧勝の最大の功労者正則にヘソを曲げられ、背かれたら、圧勝がややこしく

なる。

負けて潜伏している三成らが、むっくり顔を蜂起し、あちこちでゲリラ戦をやられ、ひょっとすると

勝利は逆転して負けることになるかもしれない。

家康はぐっと我慢して言った。

「かわいそうだが伊奈昭綱に腹を切らせ、首を左衛門太夫のもとに持参よ」

伊奈昭綱は聞き入れて切腹し、首は正則のもとに送られた。

だがこの時、家康も、側近の井伊直政と本多忠勝も、その他の誰もが憤慨し、今はそのときでな

いが、いずれ時がきたらやつ、左衛門太夫の首を掻き切ってやると深く心に刻んだことでしょう。

その後の結果を知っているがゆえに、なるほどと頷けます。



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          <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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「木更津恋物語 冬花火」 2017.1.21

『lover's sanctuary in 中の島大橋』 3回目

外出先からあわてて帰宅し、今シーズン3回目の木更津冬花火に行ってきました。

現場到着したのは開始10分前でしたので、あわてて準備です。

最初に撮ったのがこの写真で、見事なフレームアウトです。

20170121 木更津冬花火 001

ならばと、

20170121 木更津冬花火 002

ちょっとカメラの調整も進んできました。

20170121 木更津冬花火 003

これ、きれいでした。

20170121 木更津冬花火 004

最後は、クレージーな写真です。

20170121 木更津冬花火 005

今回は、寒くなかったので、カメラが林立していました。

来週も開催されます。

たった5分の花火大会が・・・。




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『おんな城主・井伊直虎』 その1

『直虎の史料は殆どない』

井伊直虎の素性は知らなくても、その名前を知る人は多いかも知れません。

「戦国無双」などに登場するキャラクターなのです。

戦国無双・直虎
ii.井伊直虎 戦国無双

ゲームの主人公・直虎は若々しくて可憐で、ファッショナブルな甲冑をまとい、足技を得意とし

押し寄せる敵を次々と倒す若者です。

では、実在した直虎はどんな人物だったのでしょう。

その実態は彼女が出家した龍潭寺や蜂前神社の文書など、わずかな資料が残っているだけで、

直虎を知るには史料があまりにも不足しています。

当時の女性についての記録は残っていないのは、この時代の常なのです。

わずかな史料から確認できることは、まず、信仰深い女性であったことです。

彼女が還俗して地頭職を継ぎ、女城主になってからは、的確に政務をこなし、主家である今川家

の決定も跳ねのける、強い意志の持ち主しだったといいます。

そして彼女は井伊家を守ろうと必死に生きています。




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               <参考文献:女城主・井伊直虎(楠戸義昭著)>

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「夫を餓死させられた満天姫」 その13

『おバカなふたり』

福島正則は許しておくものかと激怒し、佐久間加左衛門は正則にこういう。

「わたしはこの場で切腹します。ですから、どうか仇を討ってください」

切腹など、なにを馬鹿なことを申すとこれまた一蹴し、一喝すればよいものを正則はこういった。

「そうかそれでこそ左衛門大夫(正則)の家来。介錯をしてつかわす。見事、腹を切れ」

引っ込みがつかなくなって、佐久間加左衛門は腹を切った。

関ケ原の戦いの福島正則の陣所跡
fu.福島正則03

正則はすぐさま使者に佐久間加左衛門の首を持たせ、伊奈昭綱のもとに遣わしこう口上を述べさ

せた。

「それがしの家来が受けた恥辱は主人であるそれがしが蒙ったのも同然、看過できない。恥辱を

晴らしたい。貴下の首を貰い受ける」

確かに使者が述べたような事実はあった。

だが売り言葉に買い言葉のような喧嘩で、家来である足軽が一方的に悪いというものではない。

しかし、相手は主君(家康)が腫物に触るように接している大物です。

こすればよかろうという井伊直政と本多忠勝の指示に従って、伊奈昭綱は足軽6人の首を刎ね、

正則のもとに持参して侘びた。

足軽は人間以下なのですね。 



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            <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>

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「夫を餓死させられた満天姫」 その12

『関所でのトラブル』

日ノ岡検問の伊奈昭綱に多少は気負うところもあったのでしょう。

主君が主君なら家来も家来で、福島正則の家来が日ノ岡の関所で問題を起こした。

福島正則(1561-1624年)
fu.福島正則02

正則は家康から京都を守護するようにと依頼されて、山科まで軍勢を進めた。

その先は、日ノ岡の関所で検問がきびしい。

とりあえず山科で軍を休め、京にいる弟・高晴に通報したいことがあって、家来の佐久間加左衛門

を走らせた。

その佐久間加左衛門が日ノ岡の関所で問題を起こしたのです。

検問の足軽の態度が生意気だといってごねる。口論になり足軽は佐久間加左衛門を棒で打擲した。

佐久間加左衛門は逃げ帰ってその旨を正則に訴える。

たとえ理が佐久間加左衛門にあろうと、そんなことで問題を起こし、逃げ帰って主君に訴えるなど

まともな家来のすることではありません。

「馬鹿者!」

と一喝すればすむこと。

なのに、正則は足軽の所業を自分に対する侮辱と受け取った。



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「夫を餓死させられた満天姫」 その11

『おバカな正則』

福島正則は秀吉の子飼いです。

その正則をおだてすかして豊臣を討たなければならない。

だから腫物を触るように、家康は卑屈なまでに正則に礼をつくした。

三成くんの佐和山城
sa.佐和山城 002

そこら辺りの家康の腹を忖度(そんたく)する目を正則は持たない。

おのれが猛将であるから、家康は恐れ入っているのだと単純に考える。

そしてこの後、関ヶ原の戦いで圧勝すると、正則は愚かさゆえに致命的な失敗をしでかします。

関が原で圧勝した東軍はそのまま怒涛のごとく西へ進んで、三成の本拠である江州佐和山の

三成の城を攻めて落とします。

そのとき家康は、東軍が勝ち誇って京に乱入し、京の治安を乱すようなことがあってはならない

からと腹心の伊奈昭綱に、京へ入る軍勢を検問するように命じた。

伊奈昭綱は京への入口の日ノ岡に急行し、家康の命令どおり、3百人の手勢できびしく検問を

行った。



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「夫を餓死させられた満天姫」 その10

『劫の建て替え』

諸将らは正則の本拠である清州城に結集したが、家康は江戸に腰を据えたままいっこうに動こう

としない。

福島正則は腹を立てて家康をこう難じた。

「劫の立て替えに遊ばれ候」

これは囲碁の用語で、わざと石を捨てて敵にとらせ、捨て石にするのを「劫の立て替え」といい

ます。

福島正則(1561-1624年)
fu.福島正則

その劫の立て替えにされたというのは捨て石にされたということ。つまり家康は自ら戦う意思が

なく、正則らを勝手に戦かわさせようとしていると難じたのです。

そこへ家康の使者・村越茂助がやって来ていう。

「おのおのの手出しなく候ゆえ御出馬なく候、手出しさへあらば急速御出馬にて候はん」

正則らが日和見を決め込んでいるから出馬しないで江戸にいるのだといわんばかりの口上で、

そそのかされて正則は率先して動きはじめた。

木曽川を渡った先に西軍の拠点のひとつ竹ヶ鼻城があり、これをあっさり落とすとすぐに岐阜城

に矛先を転じ、これも難なく落とした。

これに正之も同行して、正之なりに働いたというわけです。

正則らが岐阜城攻略に向かったという報を得ると家康は8月25日、26日、27日と連日、正則

に書状を送って機嫌をとり、落としたという報を得ると29日にこう感謝状を送っている。

「岐阜の城乗り崩し候こと、思いのほか早速の儀、さてさて御手柄申すばかりなく大悦に存じ候。

我々こと、追っ付け出馬せしむべく候条、面談にて諸事申し承るべく候の間、具に能わず候。」

家康はやがて豊臣を討つつもりいる。


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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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