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石山合戦 その51

『見捨てられる本願寺』

天正6年(1578年)3月13日)、北陸の雄将・上杉謙信は関東進発を目前にして急逝した。

信長はまたにしても、この強敵に不戦勝をかち得たのです。

顕如
ke.顕如

そのうえこの7月には、備前の宇喜多直家が毛利を背いて織田に通じたため、8月、上月城を占

拠した小早川・吉川の両将軍も安芸に帰ってしまった。

本願寺顕如は頼みの綱も切れてしまい、紀伊門徒が大坂行きをしぶるのを催促して

「まさか本願寺を見捨てるつもりはないだろう」

と嫌味に近いことも言っている。

「夜中でも、雨にも風にもめげず、さっそく国を出発して、志あるものはみなやってきてほしい

と頼み入るほかはない」

というのが本願寺門主のいつわらざる告白であった。



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robin 20200711




<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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石山合戦 その50

『第2次木津川口の戦い』

ついに海上権は織田方のものとなった。

天正6年7月以後は、この戦艦が木津川口にあり、本願寺に対して厳重な海上封鎖が行われるよ

うになった。

11月には毛利の軍船6百余隻が、例のごとく兵糧を満載して木津浦に到着したが、新鋭戦艦の

敵ではなく、たちまち撃滅されてしまった。

九鬼水軍鉄甲船想像図
te.鉄甲船(九鬼水軍)
<戦国バトルストーリーからお借りしています>

この戦艦が7月、堺の港に雄姿を現したとき、耶蘇会宣教師オルガンチノは、その見聞に次のよ

うに記している。

「右は信長が伊勢で建造させた。日本国中で最大の、そしてまた華麗なものであって、わがポルト

ガル王国の船に似ている。予は港にでかけてこれを見物したが、日本でこんなものができるという

ことに驚いた。信長がその建造を命じたのは4年以来戦争をしている大坂の河口にこれを置き、援

軍や糧食を載せた船の入港を阻止するためである。おそらく、これによって大坂の都市(石山寺内

町)は滅亡するであろう。船には大砲3門を載せているが、これはどこから持って来られたものか

わからない。何故なら、豊後の王(大友宗麟)が鋳造させた数門の小砲以外に、日本中に砲のない

ことは自分たちが確認しているからである。われわれは出かけてこの船を見物した」



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robin 20200710




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石山合戦 その50

『戦艦建造』

本願寺が毛利氏からの糧食および将校団の補給を受けて、籠城を続けたのは、大坂湾・紀伊水道

から瀬戸内海にかけての制海権を確保していたためです。

信長の鉄甲船(安宅船)
te.信長鉄甲船

信長はこの海上権を毛利の手から奪い取ろうとして、戦艦6隻・白船1隻をそれぞれ伊勢の九鬼

嘉隆・滝川一益に命じて造らせた。

この戦艦は信長の企画らしい大艦巨砲主義で、5千人ほどが乗れる鉄製の船であった。

そこには鉄砲の弾丸を跳ね返す装備が施され、大鉄砲をたくさん据え付けてあった。

この船が大坂湾に到着すれば、もちろん本願寺の危機は目に見えている。

そこで本願寺では湾内に入る以前に撃滅しようと、雑賀から無数の小舟で、矢・鉄砲を乱射して

四方から攻めかけた。

しかし、比較にならない大戦艦であること、大鉄砲の一斉射撃で舟を打ち崩し、そばにも寄せ付

けなかった。



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robin 20200709




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石山合戦 その49

『雑賀討伐』

雑賀衆の分裂を利用して、信長は本願寺の補給基地雑賀討伐を開始した。

信長は天正5年2月京都を出発し、貝塚でこれを要撃した門徒が、夜にまぎれて舟で退却したた

め、これを追って海路より雑賀に入った。

鈴木(雑賀)孫一
su.鈴木孫一

まず中野城を包囲し、28日、城衆は信長に降参した。

孤立した鈴木孫一らは3月2日に全面的に降伏し、土豪で信長に反抗する者はいなくなった。

しかし本願寺門徒は、この後も本願寺と連絡をとり、援助をおしまなかったし、天正6年、本願

寺は淡路岩屋を確保するため、雑賀水軍を利用しようとしている。

さらに吉川元春・小早川隆景が上月城を包囲したとき、毛利の希望で、本願寺は雑賀鉄砲衆を

出動させている。

豪族たちの動向に左右されずに、百姓・賤民は本願寺に忠誠を尽くしたのです。



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robin 20200708




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石山合戦 その48

『鈴木孫一との対立』

雑賀衆を率いた紀ノ川下流域の雑賀の土豪衆たちは、いずれも本願寺門徒であったが、宮郷・

中川郷・南郷の「三組惣中」を率いて太田源三太夫と、雑賀庄の2組を支配する鈴木孫一と

の間には内紛抗争が絶えなかった。

顕如
ke.顕如

この2つの勢力は「三日月の芝」と「36ヵ所の塩浜」の権利をめぐって、文明年間から一世紀

近くも争っていたという。

天正4年5月、石山籠城戦が開始されたときも。太田源三太夫や根来寺の杉の坊らは、織田信

長に通じていた。

根来寺周辺の門徒が本願寺方へ参加したのは、門徒と根来寺衆徒との間に対抗関係があったた

めである。

後生の安楽よりも現世の利害関係から、同一歩調をとることができなかったのです。

顕如もこんな事態を心配して

「たとい私的な遺恨があっても、今度のことはすべて親鸞聖人への報謝の思いを励ますことだ」

と諭しても効果はなかったという。



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robin 20200707



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石山合戦 その47

『五ヶ御坊』

五ヶ御坊はいずれもいわゆる未開放部落の道場に源を発している。

一般農民の村落は真言宗が圧倒的なので、当地の門徒は、長い間いわれなき差別を受けてきた非

農業民が殆どを占めていた。

高野山(高野山訪問記は「こちら」です。
ko.高野山 100

おそらく彼らの祖先が火を取扱う特殊技能者か、非農民であるがゆえに賤民視せられ、しかもそ

の技能から鉄砲を生産し、その取扱いに熟練していたのでしょう。

彼らが雑賀衆と呼ばれたのは、雑賀地方の土豪に率いられて石山に船出して行ったのと思われま

す。

彼らは後世ほどでないにしても、犬神筋の田を耕作し、賤民視されていた。

真宗に帰依したのも、高野山では彼らを受け入れなかったため、万人に極楽往生の可能性を説く

本願寺に引き付けられたのでしょう。

現世の差別と業を断ち切るため、敵方にかかる足は自由と平等に向かうことを信じて、彼らは勇

敢な戦士になったのでしょう。

彼らが退けば無間地獄へ堕ちるぞと威嚇し、身命を捨ててこそ来世は極楽を保証した本願寺の名

僧と、往生=解放を信じて織田信長の精鋭を悩ませた未解放部落民と、いずれが真実の信心をも

ったかは、歴史の審判の決するところです。



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robin 20200706




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石山合戦 その46

『雑賀鉄砲衆』

諸国の門徒のなかで、石山合戦に主力となったものは、紀州門徒とくに雑賀(和歌山市)の数

千名の鉄砲隊であった。

根来寺
ne.根来寺

籠城戦の開始に先立って顕如は紀州雑賀門徒に増援の派遣を要請しているが、そのなかで「鉄

砲衆すくなく候はほぼ詮なし」と鉄砲隊に期待していることを、はっきり断っている。

それでは、この石山合戦の花形である雑賀鉄砲衆とは、いったいどのような人たちであったの

でしょう。

紀伊国那賀郡の紀ノ川の中流域に桜の名所で有名な根来寺という名刹がある。

今は高野山や粉河寺の繁栄に押され気味ですが、中世にはあまたの僧兵をかかえた大寺院で、

この後、豊臣秀吉の征伐によって焼き払われた。

この根来寺の周辺に「雑賀五ヶ御坊」と称する5つの真宗寺院があって、これが鉄砲隊を率い

て参戦したという。

事実、五ヶ御坊の筆頭である蓮常寺には顕如や御堂衆からの軍勢催促の書状がかなり伝存され、

それには鉄砲を持たないで来ても役に立たないから、各自が鉄砲を持参するように言ってきてい

る。

その数も3百、5百と指示しているので、鉄砲隊の主力はやはり根来寺周辺の門徒団であったの

でしょう。




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robin 20200705




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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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20140816 郡上おどり 002-1
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