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賤ヶ岳の戦い その30

『大大名への気遣い』

秀吉は、早くから徳川家康にも書を送っている。

石川数正(1533-1593年)
is.石川数正 01

家康も3月20日に返信を送り、成瀬国次を使者として江北に遣わしているが、秀吉はさらに、

3月27日付けで書状を家康の老臣・石川数正に与え、柳ヶ瀬対陣の模様を報告し

「勝家が柳ヶ瀬の背後の高山に陣を取り、堅固に防備しているため、急速にこれを攻撃するこ

とはできないから、秀吉もまた、これに対抗して砦を構え、兵を入れて、長浜に帰った」

と告げ、

「これから伊勢の様子を見舞いに行くつもりだ」

と述べている。

また、4月12日付けで毛利輝元に答えた書状でも、家康に送ったのと、ほとんど同様なこと

を述べ

「江北合戦の模様を見せるために、毛利殿の使者を抑留している」

といい、さらに

「播磨から西のことは、よく知らないが、東国においては、この秀吉の鉾先にたち向かえるほ

どの者はいない」

といって、武威を誇示さえしている。



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robin 20181218



<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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賤ヶ岳の戦い その29

『秀吉、本願寺門徒を動かす』

秀吉は、また北国の本願寺門徒衆を煽動し、勝家の後方をかく乱させようとも試みている。

羽柴秀吉(1537-1598年)
to.豊臣秀吉 001

秀吉は、山崎合戦の後、まもなく本願寺とよしみを通じたが、江北で勝家と対陣するにおよび、

2月3日付けで、斎藤刑部に書を与え、越中の瑞泉寺・安養寺など、信長の弾圧以来流浪の身

にあった本願寺門徒衆に、旧領の安堵を条件として、一揆を起こさせている。

さらに、2月8日付けで、本願寺の坊間・下間頼簾から

「加賀で一揆を催させ、羽柴殿ために尽力しよう」

と、いって来たのに対し、秀吉は

「本願寺が軍事行動をもって加賀・越前をかく乱させるならば、加賀国を本願寺に与えてもよ

い」

と答えている。



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robin 20181216



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賤ヶ岳の戦い その28

『秀吉の上杉景勝への期待』

秀吉は、また勝家の行動を背後から牽制させるために、越後の上杉景勝とよしみを結び、2月

7日付けで攻守同盟の誓約書を交わし、3月17日では、景勝の老臣・須田満親(越中松倉城

上杉景勝
ue.上杉景勝

主)に書信を送り、北伊勢の攻略、織田信雄の出兵、勝家の柳ケ瀬出陣、秀吉の賤ケ岳占拠、

羽柴・柴田対陣の模様などを報告し、

「勝家の敗北は必定だから、この際、加賀・越中まで追い詰めたい」

と述べ、また

「だから、能登・越中は、上杉殿の存分に任せたい。この両国における景勝殿の軍事行動も勝

手次第である」

と、言っているが、さらに言葉を変え、

「そうかといっても、秀吉に呼応して行動する必要はない」

と広言を吐いている。

いかにも余裕のある態度を示したようだが、じつは、この際、秀吉の武威と権勢を誇示し、景勝

の出兵が勝家の行動を牽制することを期待していたのでしょう。



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robin 20181215




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賤ヶ岳の戦い その27

『百姓の元締めはお寺?』

柴田勝家は、兵を収めて柳ケ瀬に陣し、備えを堅くして羽柴方の攻撃を待った。

この間、羽柴方はさまざまの工作を行っている。

石田三成
is.石田三成 002

例えば、2月15日付けで近江の称名寺に書を与え、

「北国勢が、まもなく敗北するだろうから、その時は、余呉・丹生、そのほか所々に隠れている

百姓以下が飛び出して、敵兵を追いかけ、忠勤をはげめ。敵の首を取った者には、知行か、また

は当座の褒美をあたえる。望みによっては、諸役を免除してやってもいい。このことを心得、所

々の百姓どもに申し触れよ」

と記している。

称名寺は、これ以前にも秀吉の依頼を受けて、柳ケ瀬に斥候を出し、北国勢の様子をさぐり、そ

れを報告してきたので、秀吉の側近にいた石田三成が、3月13日(天正11年)付けの書状で、

これに応えている。



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賤ヶ岳の戦い その26

『秀吉軍』

柴田勝家が江北に出兵したという報告に接すると、北伊勢にあった秀吉は、北畠信雄・蒲生氏

郷などに命じて、滝川一益にあたらせ、兵をかえして、3月21日(天正11年)、堀秀政の

居城である近江の佐和山に入り、江北出陣のために諸将の部署を定めた。

北ノ庄城の柴田勝家(北ノ庄城訪問記は「こちら」です。)
sh.柴田勝家像

先鋒の一番隊は堀秀政(佐和山城)、二番隊は柴田勝豊(長浜城主)、三番隊は秀吉麾下の木

村隼人佑・木下昌利・堀尾吉晴、四番隊は同じく前野永泰・加藤光泰・浅野長吉(長政)・一

柳直末、五番隊は生駒政勝・小寺孝高・明石則実・木下利匡・大塩金右衛門・山内一豊、六番

隊は三好秀次・中村一氏、七番隊は羽柴秀長(播磨姫路城主)、八番隊は筒井順慶(大和郡山

城主)・伊藤掃部助、九番隊は蜂須賀家政・赤松則継、十一番隊は細川忠興(丹後宮津城主)・

高山重友(摂津高槻城主)、十二番隊は羽柴秀勝(丹波亀山城主)・仙石秀久(淡路洲本城主

とし、その次が、総大将・羽柴秀吉と馬廻り衆、左手は小生衆とし、全軍は堂々として江北に

進み、3月17日、木ノ本に到着した。



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賤ヶ岳の戦い その25

『高野山も柴田方で動く』

柴田勝家は、紀州高野山の僧徒にも働きかけ、秀吉の後方かく乱を策している。

長宗我部元親
ch.長曾我部元親

3月31日付けで、高野山の僧・勢雄が土佐の香宗我部親泰に送った書信があり、それによると、

「勝家から依頼があったので、高野山は柴田方に味方することになり、伊賀の国衆とも相談して

いるが、それについて勝家は、貴国(土佐)と当山(高野山)とが親密の間柄と聞いていたから、

よろしく頼むといってきた。すでに勝家が江北に出陣し、勝利を得たことも、追い追いと通知し

てきている。だから、貴国(土佐)においても、この際、存分に働いて欲しい」

と述べている。

この頃、岐阜の織田信孝も長宗我部元親に書を与え、勝家の江北出陣を報じ、20日以内に信孝

も出馬することを告げ、元親の呼応を求めている。



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木更津アウトレットにディズニーが出店したので、robinの帽子とハーネスをゲットしてきました。

チョット早いクリスマスプレゼントです(^^♪

robin 20181211



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賤ヶ岳の戦い その24

『強い者には逆らわないのが賢明』

柴田勝家は、3月3日(天正11年)付けで、近江甲賀の山中橘内(長俊)に書を与え、伊賀

衆の出動を求め、働き次第で、信楽(近江古賀郡)・田上(近江栗太郎)・和束(山城相楽郡)

・田原(近江栗太郎)などのうちで、望みの知行を与えようといっている。

安国寺恵瓊(1539-1600年)
an.安国寺恵瓊

また、3月4日付けで、備後の鞆の浦に亡命中の足利将軍・義昭の近臣・牧木島昭光に書を送

り、秀吉の北伊勢出兵と滝川一益の防戦の状況を報告し、また、勝家が急速に江北に出陣

せざるを得なくなった事情を告げ、「毛利と謀って義昭が上洛するように」と、その出馬を促

している。

「北国は雪が消え雨となっても大河が氾濫し、4、5月までは人馬の通行も困難であるから今

度、無理をして出兵した」

と書いている。

そこで、足利義昭は、その後、卯月6日付けで、毛利方に御内書をくだし、

「秀吉と勝家が対陣するというこの好機に逸せず、兵を上方にのぼらせ、足利将軍家の再興に

尽力せらせよ」

といって、毛利の出兵を促したし、勝家もまた、卯月6日付けで毛利輝元に書を送り、急速の

出馬を要請したが、毛利方では容易に動こうとしなかった。

羽柴と柴田と、いずれが強いか、弱いか、判明しなかったからだといいますが、毛利の私僧と

して有名な安国寺恵瓊などは、秀吉の実力を認め、これを刺激するのを避ける方策をとったの

でしょう。

この考え方は、徳川家康のそれとも同様だったと言えます。

強い者には逆らわないのが賢明ということです。



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robin 20181209



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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


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会員番号:908です。

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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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20140816 郡上おどり 002-1
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