「近江国へ」 その4

『湖中大鳥居が有名な白髭神社』

大津からR161(西近江路)を北上し、高島市に入ると「湖中大鳥居」で有名な白髭神社が

あります。

白髭といえば東京に地名がありますが、なにかゆかりがあるのでしょうね。 (支社がある?)

13 001

13 002

威厳がある狛さんです。

13 003 13 004

風格ある拝殿です。 こちらは拝殿は明治12年(1879年)の建築。

13 005

拝殿に屋根続きの本殿(後ろ側)、この本殿は豊臣秀吉の遺命を受け、秀頼公の寄進により

慶長8年(1603年)に建立。

本殿は檜皮葺きで入母屋造り。桃山時代特有の建築で、国の重要文化財(昭和13年指定)です。

記事を書くために調べました。桃山文化であるなら本殿をもう少しチェックすべきでした。

13 005-2

境内の全体図です。

紫式部の歌碑や松尾芭蕉の句碑もあります。(クリック拡大でみえます)

13 006

これ三社と表記してありますが、神様のマンションでしょうか。

「つねまるさん」にお聞きすると、詳しく説明してくださいますね。

13 007


この白髭神社から少し走ると、乙女が池があります。

なにか期待できそうな池ですね。 次回に・・・。



ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。
スポンサーサイト

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

「近江国へ」 その2

『旧竹林院と穴太衆の石垣』

比叡山のふもとにある大津市坂本は、門前町として古来から栄え、一帯は国の重要伝統的

建造物郡保存地区に選定されています。

なかでも里坊は、歴史の街・坂本ならではの町並みをつくっています。

おおつ光ル(みつる)クンが迎えてくれました。
12 011

里坊は延暦寺の僧侶の隠居所で今も数多く残され、ここ旧竹林院もその里坊のひとつでです。

12 012

つまり隠居所というのは、今でいう養老院だと思えばいいのでしょうかね。

12 013

邸内には3,300㎡の庭園が広がり、2棟の茶室と四阿(あずまや)があります。

12 014

苔が見事です。

12 015

四阿(あずまや)で、茶室はもう閉められていました。

12 016

実は、ここの駐車場をお借りして穴太衆の石垣巡りをする予定でしたが、誰もいない庭園をゆっくり
廻ってくださいということでしたので時間を費やしてしまいました。

12 017

駐車場は、ちょうど閉められる時間で、意味がない駐車になってしまいました。

街全体が穴太衆の石垣です。

12 018

なるほど・・・。

12 021

一見崩れてしまいそうな石垣ですが、熊本大地震でもその堅牢さが証明されています。

12 019

穴太衆の末裔たちは、熊本城石垣修復の応援に行かれているそうです。

12 020

次回は、プチ贅沢な大津の夜です。


ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

「近江国へ」 その1

和テイスト作家「ねこやすみ」さんが、『ねこうさぎ』というブランド名で、うさぎハーネスプロジェクトを立ち上げてくださいました「こちら」です。)


『浮御堂』

戦国時代の宝庫・近江国へ。

今回は観光も兼ねて琵琶湖を一周する予定で、日曜日に出発しました。

今回の旅のお伴は「tigger」です。

やんちゃな彼は、後部座席で走り廻っています。

12 001

いました。 武田信玄のようです。
12 002

関ケ原に立ち寄りたい気持ちを押さえて南下です。
12 003

伊吹山は、まだ真冬のようです。
12 004

最初の目的地は、八幡山城と八幡堀でしたがお祭りで市街地に入ることはできません。

したがって、画像もなしです。

目的地のひとつでしたけど、残念です。

じゃ、近くでバームクーヘンが美味しいという「ラコリーナ近江八幡」へ

12 005

ここはペット入場禁止と超混雑のため、3分で退散。

次は、大津の膳所城に向かう予定でしたが、ここも遺構は残っていない城址ですので、びわ湖

大橋を渡って湖西へ。

12 006

やって来たのは、浮御堂。

12 008

この浮御堂の正式名称は満月寺といい、その歴史は古く平安時代に遡るそうです。

この浮御堂は、よくロケで使われますので、みなさんも良くご存じではないでしょうか。

12 007

この後は、穴太衆の坂本へ向かいましたが、また次回に。



ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

お菊に関係するスポット

『お菊神社』

姫路城にあるお菊井戸は、みなさん良くご存知だと思います。

室町時代中期(1500年頃)、姫路城主・小寺則職の執権の青山鉄山が、城の乗っ取りと、城主の毒殺を

計画した。

姫路城                         お菊井戸
hi.姫路城 20150421 003 hi.姫路城 お菊井戸

それを察した衣笠元信の蜜名を受け、青山家に奉公人として潜り込んだお菊は、見事に陰謀阻止に貢献。

しかし、潜入が露見し、お菊が預かっていた家宝の10枚の皿のうち1枚が無くなったとの無実の罪をきせ

られ、斬り殺されたうえに井戸に投げ込まれたというのです。

その後、井戸からは皿を数える悲しげな女性の声が聞こえるようになったといいます。

hi.姫路城 20150421 014

やがて、元信らが、鉄山一味を滅ぼし、お菊は「於菊大明神」として、十二所神社の境内に祀られたそうで

す。


お菊神社
ok.お菊神社 001

お菊神社は、姫路城から南へ1kmほどのJR線路に近い場所にあります。
ok.お菊神社 002

ok.お菊神社 003

ok.お菊神社 004
<クリックで拡大します>

「烈女」とは、必要な拷問に耐えたということでしょうか。
ok.お菊神社 005


ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。



pig 20150510



テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

岡山城本丸にあった岡山神社

『宇喜多家が移設した岡山神社』

岡山神社は清和天皇貞観年中(860年)に創建され、現在の岡山城本丸の地に鎮座し、坂下(さかおり)の

社と呼ばれていたそうです。

1578年に宇喜多直家が岡山城を築くにあたり、現在の社地に遷し岡山城の守護神として社領を寄附され、

宇喜多秀家が本殿を、小早川秀秋が拝殿以下を造営しています。

ok.岡山神社 001

南方からやって来たのかと思うくらい、個性的な狛犬たちです。
ok.岡山神社 002 ok.岡山神社 003

旧藩主池田家が城主の時は城内鎮守として崇敬されていましたが、昭和20年、戦災にて随神門と末社数社

だけを残して焼失しています。

【隋神門】
池田継政によって、1745年に造立され戦火を逃れた三間一戸の八脚門です。
写真には水滴が写るように、雨が振り出してきました。
ok.岡山神社 004

昭和33年に本殿が再建され、昭和50年に拝殿、幣殿が造営されています。

【本殿】
昭和33年に再建されていますが、残念ながらコンクリート造りのようです。
ok.岡山神社 005


雨が本格的に降ってきましたので、この後に予定していた、小早川秀明の墓所がある瑞雲寺と岡山城の

ライトアップ写真を断念し、広島に向かいました。



ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。



pig 20150426

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

piglet01

Author:piglet01
Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



ランキングに参加しています

人気ブログランキングへ







20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ