日本百名城 72 「吉田郡山城」

『毛利氏活躍の拠点となった西国最大級の山城』

郡山城は14世紀の中頃、地頭として勢力を拡大しつつあった毛利氏が築城。

16世紀中期に、尼子氏に攻められた毛利元就はその経験を基に城の拡大を図っています。

当初城は山の南東隅だけであったが、元就は谷が複雑に入り組んだ山全体を城域として、270もの曲輪をもち

西日本最大級の中世山城を造営している。

本丸は山頂に置き、すぐ下の二の丸、三の丸には低い石垣が、水の手には石組みの井戸が残っています。

日本百名城72 「吉田郡山城」
吉田郡山城 000

安芸高田市歴史民族博物館でスタンプをゲットし、本丸まで上る元気がなかったので、元就公の墓まで行って

みることにしました。

安芸高田市歴史民族博物館
吉田郡山城 001

さあ、出発です
吉田郡山城 002

伝御里屋敷跡にある毛利元就公の像
吉田郡山城 003

吉田郡山城 004

元就公の墓所入口。ここまで車で来ることができます。
吉田郡山城 005-1

元就は1571年に城麓の御里屋敷で、享年75年の生涯を閉じています。
その墓は、郡山城跡山麓の洞春寺跡に残されています。
吉田郡山城 005
元就公の墓所
吉田郡山城 006
墓には巨木が・・・
吉田郡山城 007

墓所内にある「百万一心」の碑
百万一心とは、「国人が皆で力を合わせれば、何事も成し得る」という意味だそうです。
これは本当に毛利元就が言った言葉かは定かではない言われています。
吉田郡山城 008


元就の孫・輝元は1589年、秀吉の聚楽第などを見て近世城郭の広島城築城に着工。
1591年、輝元は本拠を広島城に移しています。 (広島城登城記は「こちら」です。)
hi.広島城 01



日本百名城スタンプ (平成26年5月1日登城 99城目です)
72 郡山城


翌日、島根県の「津和野城」に登城し、百名城を制覇する予定でしたが、熊本に急用ができましたので、

九州に直行しました。

どうするのでしょう。 島根県に一城だけ残して・・・。

決して、「ついでに行ってきましたぁ~ 」は、絶対にないような気がします。


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日本百名城73 広島城

『豊臣・大坂城を模した天主』

ちょうど2年ぶりの再登城になりました。前回の登城記は、「こちら」です。


1588年、毛利輝元は初めて上洛し、秀吉に謁見しています。

その時に大坂城・聚楽第を訪れ、その豪壮さや町の繁栄を目の当たりにした輝元は、郡山城がすでに時代

遅れであることを悟り、新しい城づくりを決意したと言われています。

翌1589年、太田川デルタ周辺の山々から城地を見立て、築城を開始します。

城地として選ばれたのがデルタであったため、地盤が軟弱で難工事となりましたが、2年後の1591年には

輝元は入城をしていますが、この時は本丸などの主要な部分が出来ていただけで、石垣や堀は未完成だっ

たようです。

1593年 に石垣が完成、1599年 に落成したとする記録が残されています。

1600年 、関ヶ原の合戦において敗けた西軍の総大将であった輝元は、徳川家康によって「周防・長門」

(山口県)へ転封になり、その後に福島正則が入封しています。

現在の大天主は、昭和33年の「広島復興大博覧会」が開催された時に、鉄骨鉄筋コンクリートで外観復元
されています。
hi.広島城 20120209 001

天守は連結式と呼ばれるもので、特に複合連結式ともいい、大天守から渡櫓で2つの小天守を南と東に連

結するものであったそうです。

望楼型で黒漆塗りの下見板が張られた壁面は豊臣秀吉の大坂城天守を模したともいわれ、屋根には金箔

瓦が施されていたそうですが、内部は天井も張られていない簡素なものであったという。

広島城二の丸、平櫓・多聞櫓・太鼓櫓・表御門(平成6年復元)
hi.広島城 20120209 002 hi.広島城 20120209 003 hi.広島城 20120209 004

二の丸と本丸の間の広大な水掘
hi.広島城 20120209 008

最上階層は木造で復元されています。
hi.広島城 20120209 005

鉄筋コンクリートの城に、登ることはめったにありませんが、今回は登城してみました。
広大な内堀が眼下に広がります。
hi.広島城 20120209 006 hi.広島城 20120209 007

pig 20120212 001

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
2月8日の正解: 肥前の熊
         龍造寺隆信は、“五州太守”の称号を好んで用い、肥前の熊ともいわれていました。
         大友氏を破り、島津氏と並ぶ勢力を築き上げ、九州三強の一人として称されたが、島津・
         有馬氏の連合軍との戦い(沖田畷の戦い)で敗死しています。

≪本日の問題≫

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百名城71 福山城

幕府の西国監視の最前線を担った城

『伏見城からの移築と伝わる三重櫓と櫓門が現存する』

徳川家康の母方縁者であった水野勝成が1619年に入封し 海陸路の要衝地である福山の地に築城し徳川

幕府の西国経営のの拠点として重要な位置とされた

京都の伏見城や近くの神辺城の建物が移築されたといわれ 伏見城から移築されたとされる「伏見櫓」が現

存している

天守は五重六階地下一階の層搭型で 北側の外壁が防御のため鉄板で覆われていたという唯一の例である

明治維新後も天守をはじめ多くの建物が残ったが その殆どが1945年の空襲で焼失 1966年天守や

御湯殿などが鉄筋コンクリートで再建された

≪登城余記≫
登城55城目です
広島から電車で90分くらいです 城は福山駅前にありますので 電車での移動でも楽に登城できます
土曜日の登場でしたが 鉄筋コンクリートの天守以外は公開されていなくて残念でした
帰路は 福山駅前から広島空港行きのリムジンバスに乗り 所要時間は60分でした
スタンプが設置してある料金所の方が とても親切な方で スタンプも良好でした
★★★☆☆
福山城01

筋鉄御門
伏見櫓と共に伏見城から移築されたとされる筋鉄御門は 入母屋造の渡櫓門である
福山城03
<クリックで拡大します>

筋鉄御門
柱の角に筋鉄を施し 扉に数十本の筋鉄を打ち付けているため その名が生まれたものである
筋鉄御門扉
<クリックで拡大します>

伏見櫓
矩形の二階櫓の上に望楼を載せた三重三階の古式な櫓で 伏見城松の丸東櫓を移築したものと伝えられる
福山城04
<クリックで拡大します>

鏡櫓
天守と共に再建された
福山城05
<クリックで拡大します>

御湯殿
京都伏見城内にあった豊臣秀吉の居館を移した伏見御殿に付随した建築で国宝に指定されていたが 戦災
で焼失し天守閣と共に外装・内部ともに復元されているが 内部は見ることはできなかった
福山城07
<クリックで拡大します>

天守北側
外壁が防御のため鉄板で覆われていたという 天守の北側
福山城11
<クリックで拡大します>

(登城日:平成22年2月6日)
71 福山城

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百名城73 広島城

西国の覇者毛利輝元が「島普請」で築いた巨城

『再建された二の丸表御門や太鼓櫓が 広大な水堀に映える』

広島城は 1589年毛利輝元が瀬戸内の交通の要所大田川の三角州に 城下町も含めて築城に着手した

「島普請」ともいわれたデルタ地帯の築城工事には10年を要したが 望桜型の五重五階の大天守に小天守

を2基連ねていた

連結式天守をはじめ 建ち並ぶ数多くの櫓群が 120万石の大名にふさわしい格式を誇っていた

1600年の関ヶ原の戦いで輝元は萩へと移され 代わって福島正則が入ったが 幕府に無断で石垣を修築

したため改易

福島氏の後に入封した浅野氏が明治まで続いた

1945年の原爆によって倒壊した天守は 1958年鉄筋コンクリートで再建された

≪登城余記≫
登城54城目です
広島は仕事でよく行きますが 鉄筋のお城ですので登城することはありませんでした
再建された二の丸表御門や太鼓櫓が広大な水堀に映えて とても良かったです。
スタンプを入場券売り場で尋ねたら 2階の売店にあるとのことで1階まで わざわざ持って来てくださいました
丁寧な対応に感謝です! ありがとうございました
★★★☆☆
明日 福山城に向かいます

広島城 1

本丸大手虎口
広島城 2
<クリックで拡大します>

平成6年に再建された 二の丸の大手門
広島城 5
<クリックで拡大します>

二の丸(馬出し)に復元された櫓
広島城 4
<クリックで拡大します>

広大な水堀
広島城 3
<クリックで拡大します>

西側からの大天守
広島城 6
<クリックで拡大します>

登城日:平成22年2月5日
73 広島城


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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


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会員番号:908です。

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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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20140816 郡上おどり 002-1
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