宇喜多秀家 供養塔

宇喜多秀家は備前岡山の大名で 豊臣秀吉の信任が篤く五大老にも任命された

関ヶ原の戦いで敗れて八丈島へ流罪となり 罪を許されることなく1655年に83

歳で亡くなった

明治5年(1872)11月、明治政府から罪を許された秀家の子孫は 秀家の妻が

前田利家の娘であった縁により 前田家から約2万坪の土地と当面の生活費を

与えられて 旧加賀藩下屋敷跡に入植している

秀家の供養塔は この時に建立されたと考えられます

当初は 現在の板橋四丁目1番あたりに祀られていましたが その後 場所を

点々と変え昭和33年に一族の菩提寺である東光寺の境内に移設されている

供養塔は小松石製で 「秀家卿」の文字が隷書(れいしょ)で彫られているこ

とや 両脇の梵字が本式の薬研彫(やげんぼり)で彫られているなど 腕の良

い職人によって造られたと思われる

平成11年3月10日に板橋区登録有形文化財(歴史資料)に登録されています

宇喜多秀家 供養塔の存在は 同士の方に情報を戴き行ってきました

ありがとうございました
秀家 01

東光寺の住所:東京都板橋区板橋4-13-8
秀家 02

<参考文献:板橋区HP>

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上杉神社

『 “越後の龍”は会津を経て米沢へ 』

米沢城の本丸跡の中にある 上杉謙信を祀った神社

“越後の龍”とも呼ばれた謙信は 越後で埋葬 祀られていたが 

その後 上杉家の移封に伴い 会津を経て米沢に改葬された

現在の本殿は米沢の大火後 大正12年に再建されたものです

東側には上杉鷹山や直江兼継などを祀った 松岬神社もあります

上杉家の遺品を中心に収蔵する 宝物館「稽照館」には 大河ドラマで一躍

有名になった直江兼継の「愛」の前立て兜も展示されています

境内には上杉鷹山公の銅像と有名な

「なせば成る 成さねばならぬ何事も 成さぬは人のなさぬなりけり」

の碑もあります

写真は 平成20年8月30日に米沢城に登城した時のものです
米沢城 01
米沢城 02
米沢城 05
米沢城 03
米沢城 04

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真田神社

『上田城本丸跡に鎮座する 知恵の神様』

日本一の知将と称えられた真田幸村は現在 知恵の神様としてあがめられています

幸村の父・昌幸の築城した上田城の跡地に位置し 公園として整備されているので

ゆったり散策を楽しめます

神社には真田の名が冠されているものの 真田氏のほか 仙石氏 松平氏など歴代

の城主が祀られています

神社裏にある石造りの「真田井戸」は必見です

太郎山麓の砦まで抜け穴が通じていたと伝説が残っています

写真は 平成21年6月21日に上田城に登城した際に撮影したものです
真田神社 01

真田井戸
真田神社 02
真田神社 03

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自己紹介

『僕のおさない頃を 紹介させて戴きます』

管理人のpigletです

生まれは愛知で ブリーダー家で兄弟ですくすくと育とうとしていたら 縁あって

東京に来ることになりました

小さな籠にニンジンの切れ端を入れて貰って 夜半に 大型貨物トラックの助手席

に乗車し 不安と振動に揺れながら一睡もできず 早朝 東京に着きました

新しいお家につくと 将来嫁さんになる神経質そうなsa-ko嬢が待ってくれていま

した

愛知から来るときに 紙切れを持たされたので 後で「なんだ!」と聞いたら血統

書とかいうやつで 先祖の名前や体重やら色やら書いてあるみたいです

東京に来たときの写真です

僕にも 可愛いときがありました
20100225 001

ブタさんみたいな顔をしていましたので pigletとつけてもらいました
20100225 002
サンタの衣装は大変でした
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苦しいやら
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歩けないやら
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宇喜多 秀家

『関ヶ原の罪が放免になったのは なんと明治維新後だった!』

岡山城に登城したので 今日は 備前国(岡山県)藩主 宇喜多秀家を取り

上げてみたいと思います



周囲の協力のおかげで死罪は免れる

関ヶ原の戦いでは 1万6000人の兵を率いて西軍副総師として臨んだ

宇喜多軍は最後まで善戦したが 西軍総崩れのため秀家は伊吹山中に姿を

消し やがて島津氏を頼って薩摩に落ちた

しかし 島津家久は徳川家康に真実と報告し 秀家の義兄にあたる前田利長

と助命を嘆願する

その結果 死一等を減じられ駿河国久能に幽閉された後 秀家と息子の八郎

秀勝のほか主従13人は八丈島に流された

この境遇に胸を打たれた豪姫(秀家の妻)の弟 加賀藩主の前田利常は幕府と

交渉し 1年おきに八丈島へ物資を送る許可を得て 前田家の援助は幕末まで

続けられた


260年以上にわたる八丈島での生活に幕

秀家は「鳥も通わぬ」という八丈島で苦悩と貧窮の日々を暮らした しかし 

定期的な前田家からの援助もあったため比較的健康で 西軍副総師の誇りを

失うことはなかったという

家秀が亡くなったのは1655年享年84歳 八丈島に流刑となってから50年

が経過していた

明治維新後の1869年(明治2年)の大赦で 宇喜多一族は関ヶ原の罪を赦

され 翌年 一族の多くが本州に上陸している

実に秀家が八丈島に流されてから 264年が経過していた


凄い話ですね! 日々 刹那的に生きている私には 想像を超える宇宙的な話

です



<参考文献:戦国武将あの人その後>

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母は凄い!

やはり母親は凄いです この部屋の主です

時々 大胆なポーズを見せてくれますが この姿は主ですよね!
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「ね~ ね~ 見てごらん 凄いポーズだから」by1号
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<クリックで拡大します>

私は やぎさんよりも紙が大好きです
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公園うさんぽ

『天気がいいので 公園うさんぽです』

天気が良かったので 「公園うさんぽ」に行きました

家族全員で 公園に行く予定でしたが 引率者が一人だったから 妻のsa-koだけ一緒に

来ました。

いつものことですが sa-koは臆病ものですから 直ぐにはキャリーからでません

早く出ておいでよ~
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公園で久しぶりに 二人でさんぽだね
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あれ! 仲が良すぎはしませんか!?
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公園は広いから 別々に遊びなさいとのことです
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sa-koも遠くで遊んでます
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私は あなたより久しぶりの公園ですからね
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嫌いな犬が散歩にきたから 今日はこの程度にします
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piglet01

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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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20140816 郡上おどり 002-1
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