へなちょこ素人が戦闘機に挑戦

「自衛隊機は速すぎた!」


戦国時代と動くもの大好き人間が、羽田空港に飛行機を撮りに2回ほど行きましたが、もっと過激に動く

もの「そうだ、戦闘機を撮りに行こう!」と航空自衛隊に行ってきました。

城廻りと同じで事前に勉強することもなく、やってきたのは航空際で人気の高い入間基地。

撮影ポイントを事前に調べてみると、滑走路北側に2ヶ所、南側に1ヶ所

うむ、ふむと選択したのは、北側の車で行けるポイント

到着するもギャラリーは数名、同じく北側の反対側ポイントは、こんなにたくさんの人がいます。

入間 001

待てども、飛行機は来ず

風向きが反対なのだろうと、南側ポイント移動。すると、こんなに多くのギャラリーが・・・。

入間 002


暫く待っていると、戦闘機のタッチ&ゴー訓練が始まりました。

入間 003 入間 004
<小さい画像はクリックで全て拡大します>
入間 005
速過ぎるのと距離が近すぎるため、横からは旨く撮ることはできませんでした。
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スゲェーとシャッターを切り捲るも、周りの人たちはカメラを向けようとしません。

数度のタッチ&ゴーを繰り返した後、着陸して終わりになりました。

入間 008

入間 009

この人たち何しに来たんだろうと思っていると、人懐こそうなオッちゃんがニコニコと近づいてきて、

「今日は賑わっているねェ~」と。

あの人たちは朝から来ているんだよ。

「ブルーインパルスが来ているから、賑わっているよね」と。

「震災でブルーインパルスは百里基地に来ていたけど、今は松島基地に戻っているので16:30に離陸

するよ」と追加の説明。

ブルーインパルスには興味はないので、「そうなんですか」レベルの対応にも関わらずブルーインパルスに

搭乗している隊員の説明もしてくださいました。


「T-4(訓練機)の訓練が終わったので、そろそろかな」とポケットから無線機を取り出し、暫く傍受され

てから

「あそこにいる大きな輸送機が離陸するよ」と。

「ありがとうございます」とお礼を言ってカメラを出していると、もう隣にいた人に同じような説明を始め

られていました。

凄いボランティアなオッちゃんに感謝です。

入間 011 入間 012
このプロペラ機の速度が素人カメラマンには最適のスピードです。
入間 013

オッちゃんの説明どおり、ブルーインパルスの離陸です。

ブルーインパルス

入間 014 入間 015

入間 016
先頭に飛び立つ機番「1」の隊長機です。速すぎて捕えることはできません。
入間 017
隊長機を追っていたら、すぐ6番機が通過し、1分後には隊列を組み始めていました。
入間 018 入間 019

11月3日の入間基地航空際には、ブルーインパルスのショーが見られるそうです。ぜひ、足を運んでみて

は如何でしょうか。

説明をしてくださったオッちゃんは、当日は混むので前日のリハーサルがお勧めだよと言っていました。


結論は、入間基地には戦闘機は配備されていませんでしたので、首都圏から一番近い茨城の百里基地

まで、足を伸ばす必要がありました。

百里基地に行く前に、腕を磨く必要があります・・・。


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戦国自衛隊?

『 T-4 』


昨日、航空自衛隊に飛行機撮影に行ってきました。


準備が整い次第、記事にしたいと思います。

2013.09.27 000


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日本百名城28 小諸城

『小諸城・北国街道400年祭』


小諸城は、武田信玄の家臣・山本勘助らが現在の縄張りとし、豊臣秀吉天下統一のとき小諸城主となった

仙石秀久により完成された城です。

ko.小諸城 001

城下町より低い位置の城であるため、「穴城」と呼ばれる全国でも珍しい城です。

「三の門」

1615年に創建、1742年の大洪水で流出し1765年に再建されています。

ko.小諸城 002

仙石秀久が築いた「大手門」や野面石積みの石垣は400年前のまま当時の姿で残されています。

ko.小諸城 003

「関ヶ原の戦い」に中山道を進んだ徳川秀忠は、この二の丸に入り、この後、上田城を攻めて関が原の

本戦に遅参しています。(秀忠が立ち寄った碑があります:写真右)

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前回の登城日(平成21年6月21日)には、雨がひどくて城内を十分に廻れなかったので、今回は

天守台をグルリと廻ることが主目的でした。

野面積みが苔むし迫力ある天守台です。

この天守台には三層の天守閣があったそうですが、1626年に落雷で焼失、その後は幕府の政策に

より再建されていません。

ko.小諸城 006

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天守台への石段、なぜか生活感があり、あり、ですね。

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天守台より、馬場を望む風景

春は桜、秋は紅葉の名所になっています。

ko.小諸城 009

明治の廃藩置県により役割を終えた小諸城は、本丸跡に「懐古神社」を祀り「懐古園」と名付けられて

います。

ko.小諸城 010


登城日は9月23日でしたが、今なおその姿を残す小諸城や北国街道の400年祭が平成25年9月25日

~10月6日に開催されています。

400年際に登城されてみませんか。

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『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:徳川家康の東軍に属した
竹中重門は、関が原の本戦では、幼なじみでもある黒田長政軍に合力して激戦地で奮戦し、さらに戦後まもない9月19日、伊吹山山中で、西軍の武将・小西行長を捕縛するなどの大功を挙げ、家康から直筆の感状を受けています。

≪本日の問題≫

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『天才軍師・竹中半兵衛』 その28

『粗相は家の名誉』


半兵衛が武士としても心掛けを語るような話が、名将言語禄(江戸末期)などにありますので、これを少

し記事にしてみたいと思います。


竹中半兵衛(1544-1579年)
ta.竹中半兵衛 001


その7

ある時、半兵衛が人々を相手に合戦談をしている時、子の左京(重門)が席を立ってよそに行き、しばらく

して帰って来た。

「戦さ物語の途中で席を立つということがあるものか」

と、半兵衛が叱ると、

左京は

「小便にまいったのです」

と言い訳した。

半兵衛は一層腹を立て

「何でその場に垂れ流さぬぞ。竹中の子が武道の話に聞き惚れ、粗相をしてしまったと言われることは、

家の名誉になることぞ」

と、言ったという。

(名将言語禄)


こうして半兵衛の伝記を見てみると、小説で読みより伝記のほうが面白い人物と、その反対の人物とが

あることがわかります。

半兵衛の場合は、伝記よりも小説で読んだ方が面白い人物であることがわかります。

半兵衛の詳しいことが分からないこともありますが、彼の人物の面白さは外見的なところではなく、内面

的なところにあるからなのでしょう。


長い間、竹中半兵衛にお付き合い頂き、ありがとうございました。

次の戦国武将は、「逆臣の武将・明智光秀」を予定しております。


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『戦国クイズ』

≪前回の解答≫(9月20日の解答)
正解:松風
前田利家を氷のような冷水風呂に入れて、慶次郎は利家の愛馬松風に乗って国を去ったという。
ちなみに、帝釈栗毛は加藤清正、鏡栗毛は山内一豊の愛馬です。

≪本日の問題≫


                                 <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>

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『天才軍師・竹中半兵衛』 その27

『天才軍師・竹中半兵衛』 その27


半兵衛が武士としても心掛けを語るような話が、名将言語禄(江戸末期)などにありますので、これを少

し記事にしてみたいと思います。


『家を出る時、狙われる』

その5

「武士は自分の家の雨落ちをまたぐ時、早や敵がいて自分を狙っているとの覚悟を持つべきものである。

何の覚悟もなく、うかうかと外出するのは不覚である」

(名将言語禄)



関が原の戦い(CG画像)
決戦関ヶ原




『手柄話は役に立たない』

その6

「合戦談を聞く場合、多くの者が大事なことは問わず、枝葉のことばかり聞きたがる。誰が手柄を立て

たとか、誰を討取ったとか、そんなことばかり聞きたがる。

一人武者の手柄話を聞いたとて、何の役に立とう。部隊の駆け引き、戦の変化などを主眼にして聞い

てこそ、合戦談も役立つのだ」

(名将言語禄)



「軽井沢白糸の滝」

撮影用の三脚を持参していたのですが、見物の人が多く、三脚を使うことができずに手持ちで撮影

しました。

ka.軽井沢白糸の滝 001


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『天才軍師・竹中半兵衛』 その26

『刀は身辺から離してはならない』


半兵衛が武士としても心掛けを語るような話が、名将言語禄(江戸末期)などにありますので、これを少

し記事にしてみたいと思います。


その4

「武士はいついかなる場合でも、刀を身辺から離してはならないものであるが、近来は刀を別室において

座敷に通る風習となっている。そのため、多数が一座する時には、別室には刀がいくつも並んでいること

になる。

にわかの事変があった際、自分の刀の所在がわからず、つい不覚をとることがある。かかる際には、自

分の刀は人と逆に置くとか、立てかけて置くとか、離して置くとか、直ぐに分かるようにしておくべきもの

だ」

(名将言語禄)

ni.日本刀


これって今でもやっていません。

例えば、集会とか居酒屋などで靴がたくさん並ぶ時に、自分のがすぐ探せるように・・・。

でも、にわかの事変のためではないですけどね。


今、長野を旅しています。

小諸城
20130923 小諸城


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麹町大通りの子供ブロンズ像たち

「麹町大通りの子供ブロンズ像たち」


麹町大通り(新宿通り)を歩いていると子供たちのブロンズ像が5体もあることをお気づきですか。

このブロンズ像は平成4年に「麹町地区環境整備協議会」が環境整備の一環として設置しているそうです。

先週、旧日本テレビ本社近くへ仕事で行きましたので、2体のブロンズ像を見てきました。

朝、地下鉄半蔵門駅の2番出口から出て、麹町一丁目交差点角に2人の少女が手を結び、輪になって踊る

「そよ風」があります。

ko.麹町ブロンズ 002


地下鉄半蔵門駅から麹町大通りをJR四ツ谷駅方面へ向かうと、麹町駅1番出口の麹町4丁目交差点角には、

帽子をかぶった幼い男の子が立つ「夏の思い出」の像があります。

ko.麹町ブロンズ 001

この麹町界隈は完全にビジネス街ですが、この街は決して仕事の街だけではなく、神輿を繰出す夏祭りも

あれば自治会もあり、すばらしい街にしようとしておられる方々がいらっしゃるのですね。

忙しい日々のなか、生き生きとした子供たちに目を落としてみては如何でしょうか。

次回に麹町へ出向く際には、JR四ツ谷駅から地下鉄麹町駅間にある他のブロンズ像を見たいと思います。


[JR四ツ谷駅~地下鉄麹町駅間のブロンズ像たち]
(画像は「麹町わがまち情報館」より、お借りしています。)

JR四ツ谷駅前のサンサン広場の「トンボ釣り」
ko.麹町 トンボ釣り

オリコ本社前の「聴く」
ko.麹町 聴く

その反対側(上智大学側)の「永遠なる少女」
ko.麹町 永遠なる少女


pig 20130922 001

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プロフィール

piglet01

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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













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