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島津義弘の関ヶ原 その205

『裏切りのゆくえ その13』

東軍苦戦のなか、これを傍観して見過ごせば、かわいい我が子も容赦なく首をはねられるだろう。

見殺しにはできぬ・・・。

松尾山縄張り
松尾山城縄張り


山裾から、家康の催促の銃音がひびいた。

山頂の本営で放心している若い主君に直言した。

「殿、早う出陣のお支度を、今動かねば禍根を残しまする」

「まて、正成。まだ思案が定まらぬ・・・」

秀秋はうなだれ、うつけた声調で言った。

老臣の顔がこわばる。

「何を迷われる。内府さまがお怒りあそばして、山麓より銃撃されております。捨ておけば、徳川3

万の本陣が攻めあがって来ましょうぞ」

「それはできぬだろう。見よ、正成。東軍は押されて持ち場を離れられぬゆえ」

「なにを今さら」

「決めかねる。勝敗が決定づけられてから、山を下りてもよかろうものを」

19歳の主君は、小狡そうな笑みを浮かべて意見を述べた。



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robin 20211031




<参考文献:島津義弘(加野厚志・Wikipedia>
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島津義弘の関ヶ原 その204

『裏切りのゆくえ その12』

稲葉正成は、美濃の豪将・稲葉重通の娘婿であった。

それまで浪人として諸国を放浪し、辛苦をなめてきたので気配りがきく。とくに幼児をやさしく教え

導くことに長けていた。

稲葉成正(1571-1628年)
in.稲葉成正

そこを北政所に見込まれ、年若の秀秋の養育係となった。

夫婦は、長く添えば互いに似てくるものらしい。

時を経て、稲葉正成の妻は家康に請われ、三代将軍・徳川家光の乳母に推挙され、そして大奥を仕切

る『春日の局』として、後世にその名を残すことになります。

主君の小早川秀秋と違って、正成には固い信念があった。

『これは裏切りではない。戦術の一環にすぎぬ』

初めから、稲葉正成の心は東軍にあったのです。

稲葉の本家が東軍についた以上、分家はこれに従う。

しかも正成は分家の入り婿だったのです。

小早川家よりも、稲葉家に借りがあった。もし、小早川勢が裏切りの刻を失して西軍が勝利すれば、

本家の稲葉貞通は腹を切らされる。

それだけでは済まない。

正成は別心のない証として、わが子を人質として家康のもとへ送っていたのです。



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robin 20211030




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島津義弘の関ヶ原 その203

『裏切りのゆくえ その11』

松尾山の小早川秀秋は、困惑を両眉根にこもらせていた。

切迫した状況のなかで前も後ろも見えない。はらわたが痺れるような焦りだけがあった。

小早川秀秋(1582-1602年)
ko.小早川秀秋

『身が裂ける』

極度の緊張で息もつけず、秀秋はぜいぜいとあえいだ。

前夜、秀秋は西軍謀将の三成に二心がないことを誓った。すぐその後、東軍総師の家康にも裏切りを

約する書面を送っている。

見苦しい二股膏薬であった。

しかし、それは年若い小早川秀秋だけの不義ではなかったのです。

他の西軍大名たちも、それぞれが自領を守るため術策を練り、東軍に内応していた。

小早川家の老臣・稲葉正成は、合戦前から三成を憎みぬき、家康に通じていた。ひそかに東軍に与し

て寝返りのチャンスを待っていた。

『秀吉公に讒言し、幼い秀秋さまを大減封に追い込んだ石田三成めに思いしらせる』



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robin 202110029




<参考文献:島津義弘(加野厚志・Wikipedia>

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島津義弘の関ヶ原 その202

『裏切りのゆくえ その10』

池縁で『家康調伏』を念ずる乱丸が、ふっと憑かれたように言った。

「邪鬼がめざめもした」

霊力をもつ美童の言葉をうけて、義弘はじろりと右辺の山並みを見やった。

関ケ原・松尾山
se.関ケ原・松尾山

「松尾山にこもりし鬼か・・・」

「はい、謀心にもだえている様が目に映じまする」

「金吾め、裏切りおるな」

それまで静かだった松尾山の周辺がにわかに騒がしい。

麓から、徳川の鉄砲衆が間断なく山頂の小早川本営へと撃ち放っている。

『催促の銃弾に違いない』

義弘は、小早川秀秋という人物をよく知らない。

まだ、20歳にも満たぬ大名の気持ちなど、わかりようもなかった。



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robin 202110028




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島津義弘の関ヶ原 その201

『裏切りのゆくえ その9』

決戦の日は迫った。

三成に催促され、しかたなく関ケ原に兵を進めた。

小早川秀秋の陣・松尾山
松尾山城縄張り

秀秋が松尾山に布陣したのは、運命のいたずらであった。

それまで小早川秀秋の兵団は、東西両軍のどちらからも信頼されていなかった。

盤上の捨て駒に過ぎなかったのです。

しかし、東軍総師の家康が松尾山山麓に本営を置いたことにより、がぜん秀秋の動きが注視されだした。

前夜には、西軍謀将の三成と会談し、狼煙を合図に家康の横腹を突くことを承諾した。

そして刻をおかず、家康と密書を交わして裏切りを確約していた。

「どうする、金吾・・・」

義弘だけでなく、関ケ原に集結した将兵のすべてが、秀秋の心情を思い馳せた。

その小早川秀秋は、まだ20歳にもなっていなかった。

古今未曽有の大決戦は、凡庸な19歳の少年に決断によって、左右されることになったのです。

突然、松尾山の麓で徳川勢の鉄砲が轟きわたった。

催促の銃声が山頂まで噴き上げてきた。

「裏切りの広野か・・・」

19歳の秀秋は、うつろな声で言った。



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robin 202110027




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島津義弘の関ヶ原 その200

『裏切りのゆくえ その8』

心ならずも西軍に与したのは、秀秋の優柔不断の性格によるものであったという。

三成が『家康誅滅』の兵を挙げたとき、上洛した秀秋はすぐ北政所に相談を持ち掛けたという。

北政所(ねね)(1542?ー1624年)
ki.北政所

これまで秀秋は、自分の手で運命を切り開いたことは一度もなかった。

北政所の言葉は意外なものだった。

「今の豊臣家は淀殿が生んだ秀頼公の血脈。われらと無縁の流れでありましょう。迷うことはない、家

康どのに従いなされ」

「はい」

その夜、秀秋は得心して帰路についた。

が、早くも翌日には迷いが生じた。上方にいると西国から続々と兵が集結し、西軍のほうが断然有利に映

るのです。

三成の使者として大谷吉継が訪れ、らいを病んだ顔を近づけて強談判された。

「今こそ豊臣家の恩義に報いるとき、中納言どの、誓って二心はあるまいな」

「はい」

ここでも、秀秋は得心してうなずいた。


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robin 202110026




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島津義弘の関ヶ原 その199

『裏切りのゆくえ その7』

慶長3年(1598年)8月、秀吉が衰弱死した。

秀秋は涙も出なかったという。

豊臣秀吉(1537-1598年)
to.豊臣秀吉

五大老筆頭の徳川家康は懐柔策として、秀秋を旧領地へ復帰させた。

しかも2万1千石加増され、35万7千石を領する大身となった。

「脳乱した太閤殿下に恩義などない。家康公こそ慈悲の人ぞ」

秀秋は目先のことだけを考えていた。

履歴だけ見れば、小早川秀秋が西軍の石田三成に味方する理由はどこにもなかった。

太閤秀吉を憎み、側近の三成を毛嫌いしている。

その反動として、いつも甘やかせてくれる大人の家康を実父のように慕っていた。



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robin 202110025




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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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20140816 郡上おどり 002-1
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