前田利家 その51 『利家、大納言に』

『加賀百万石の礎を築いた前田利家』

【利家、大納言に】

秀次事件があった翌年の正月賀宴のとき、利家は中納言として、上杉景勝とともに座敷下に座っている

のを見て、秀吉は驚いた。

「おんみ、どうしてそのような席にいるのか?」

「定めですから」

利家は笑って答えた。

別に官位などにこだわっていない。そういう人柄なのである。

兼六園の利家像
ma.前田利家(兼六園)

事情を知った秀吉はあわてて、4月に利家を大納言に昇位させた。このとき家康を内大臣に進めています。

秀吉が家康と利家の官位を常に雁行して昇進させたのは、臣下に招聘した家康に対してはどうしても官位

を進めて優遇しなければならなかったが、家康一人だけ進めては、その衆望が過大になりすぎる恐れがあ

るということから、利家の官位も進めたという説もあるが、老後に“お拾”をもうけてからは、“お拾”の将来

のためにも一層その必要があったという。

この点においては、利家は頼りになる人物であった。篤実で、義理堅くて、悪いことは絶対にできる人間

ではない。人望もあり、人徳もある。実力もある。

おそらく、秀吉は利家一人に“お拾”を託すことができれば、どんなに安心であろうかと思ったに違いない。

しかし、家康を無視する訳にいかない。

官位にしても、一歩ないし半歩、必ず家康を立てているが、秀吉の気持ちでは両者同格であったのでしょう。

同格というより、むしろ秀吉は利長を信頼し、情味をかけていた。

例えば、同席して雑談をしている時でも、必ず先に「大納言」と利家へ呼びかけから、「内府」と家康へ声を

かけた。

利家の方もこれについて、

「一国をくださるよりありがたい」

と常に感謝していたとういう。

sa-ko 20120625 001

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解: 竹中半兵衛
これは皆さんよくご存知ですよね。
豊臣秀吉の軍師といえば、竹中半兵衛と黒田官兵衛。
この稀代の二大軍師は「二兵衛」と呼ばれ、秀吉の天下統一に尽力しています。

≪本日の問題≫


                                    <参考文献:前田利家(井口朝生暑)>
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No title

sa-ko嬢さんが隠れるほどの人参の葉
食べ放題タイムかな(笑)
美味しい時にいっぱい食べてね。

ラベンダーと蜜蜂は私のお気に入りになっています。

あず さま

済みません。
遅くなってしまいました。

連日の人参の葉っぱにも飽きずに食べてくれました。
よっぽど好きなんでしょうね!
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