「キリシタン」と「バテレン」の語源

【 「キリシタン」と「バテレン」の語源 】

フランシスコ・ザビエルが布教したキリスト教が日本に広まるとともに「キリシタン」「バテレン」という言葉

も日本に広まっています。

「キリシタン」は、ポルトガル語の「Christao」(教徒)が音転化した言葉で、一方の「バテレン」は、同じく

ポルトガル語の「Padre」(神父・司祭)が語源です。

この2つの言葉には日本語独自の漢字が当てられ、前者は「切支丹」、後者は「伴天連」と標記するのが

一般的です。

原城の天草四郎時貞像 (原城登城記は「こちら」です)
ha.原城 天草四郎像

切支丹は、戦国期には「幾利支丹」、「貴理使旦」、「吉利支丹」などと書かれたが、江戸時代以降は禁教

令等による弾圧に伴い侮蔑を込めて「切死丹」、「鬼理死丹」という当て字も使われています。

また、1680年、徳川5代将軍・綱吉の名にある「吉」の使用が禁じられたことによって「吉利支丹」の表記

はタブーとなり、以後、「切支丹」が最も一般的な当て字として定着します。

伴天連の方も、「波阿伝連」、「破天連」、「万天連」などが当てられたのち、最も一般的な表記として定着

しています。

キリスト教の布教によって、戦国時代には数多くの「キリシタン大名」が生まれています。

肥前大村の大村純忠、豊後府内の大友宗麟、肥前日之江の有馬晴信、摂津高槻の高山右近などが本格

的なキリシタン大名として、その名が知られています。

しかし、ザビエルが日本にキリスト教を布教開始してから38年後の1587年に豊臣秀吉が九州で「伴天連

追放令」を発令。

宣教師は改宗を強制して仏法を破壊するものであるとして、20日以内の国外退去を命じた。

この追放令によって多くのキリシタン大名が棄教したが、そのことは彼らが純粋な動機から入信していな

かったことを物語るのでしょう。

殆どのキリシタン大名は、宣教師を通じてもたらされる貿易の権利、鉱山技術・造船技術の習得、近代兵

器の入手などを目的としていたのです。

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≪昨日の解答≫
昨日の正解:篠山城
藤堂高虎は築城技術に長け、宇和島城・今治城・篠山城・津城・伊賀上野城・膳所城などを築城しています。
高虎の築城は石垣を高く積み上げる事と堀の設計に特徴があり、同じ築城の名手でも石垣の反りを重視する加藤清正と対比されるます。

≪本日の問題≫


                      <参考文献:いまさら聞けない長年の大疑問(歴史の謎を探る会編)>
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