前田利家 その63 『利家の終焉』

『加賀百万石の礎を築いた前田利家』

【利家の終焉】

利家の終焉については、以下のような記録が残っています。

正室・まつがその枕元に来て

「おまえ様は若いころから千軍万馬の間を駆け巡り、自ら槍、刀を振るってあまたの人々を殺生しおいで

なるゆえ、これをお召しになって、あの世とやらへお旅立ち願いとう存じます」

と泣く泣く訴えたところ

「わしは乱世に武士として生まれ合わせたため、合戦にも出馬せねばならず、人を殺しもせねばならなか

ったが、不義不道に理由のない殺生をした覚えはない。なんの罪があって地獄に堕ちることがあろうか。

もし、間違って地獄に堕ち、鬼どもが呵責しようとするならば、わしに先立ってあの世へ旅立った家臣たち

を集めて、地獄征伐をしてやろう。らちもない心配は無用。あの世のことより、わしはこの世に心残りがあ

る。秀頼様のことだ。あと5・6年もわしがこの世に居られたら、必ず秀頼様の天下になることの見極めが

ついて死んだであろうに、心残りでたまらぬ」

利家はそう言ったが、いよいよ病苦がさしせまって臨終になると、側においた新藤五国光の脇差をとって、

鞘をつけたまま胸に突き立て、2声3声うめいて絶息したという。

前田利家墓所
ma.前田利家墓所

1599年閏3月3日、午前6時ごろのことで、享年62歳であった。

遺言のとおり、遺骸は長持に納められて、大坂より金沢へ送られ、葬儀は4月8日、金沢の宝円寺におい

て行われ、野田山の墓所に埋められた。

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解:利家が自ら財務を担当していた
前田家の決済はすべて利家自身が行い、愛用の算盤が家宝として残っています。
利家は人斬りによる2年間の浪人生活で金の大切さを身をもって知り、後年には「金があれば他人も世の聞こえも恐ろしくはないが、貧窮すると世間は恐ろしいものだ」とつねづね口にしていた。利家のこのような性格から前田家の財政は健全であり続けることができたという。

≪本日の問題≫


                                    <参考文献:前田利家(井口朝生暑)>
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