前田慶次郎 その16 「京都に万居」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その16

「京都に万居」

慶次郎は一先ず京へ出て本阿弥光悦の家に身を寄せた。

光悦の屋敷に身を寄せてから暫くすると、加賀から家来どもが上洛して来た。

「殿様は大変御立腹で、追手をかけて討ち取るとまで仰せられた由でありますが、御家老様のお諌めによっ

て、やっと思い留まりになったとのことです」

さらに続けた。

「御家老様のご心中を察し上げますと、わたくしども心ない者でも胸が痛みます」

「よしよし。もう言うな。したし方なかったのだ、おれだって辛くないことはないのだ」

と慶次郎は家来どもを諌めた。

京都・社家町
ya.社家町

数日後、慶次郎は光悦の世話で、社家町に万居を求めて引き移った。

古びた木立につつまれ、庭には加茂川の水を引き入れ泉水の音がさらさらと鳴って、閑寂で、風雅な屋敷で

あった。

それから間もなく、秀吉から朝鮮出陣の動員令が下った。

「やれやれ、本気だったのか。せっかく泰平の世になったというのに、外国に踏み出して戦さをしようという

のか。まるでわからん量見だな」

と、人々は驚いた。

ume 20120820 001

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解:上野高崎藩
井伊直政は上野高崎城主で、12万石を領していた徳川四天王のひとりです。
直政は関ヶ原の戦いの戦功により18万石に加増され、石田三成の居城であった佐和山城に入封して佐和山藩を立藩します。
しかし、直政は賊将・石田三成の居城を嫌い、琵琶湖の湖岸の磯山に新城建設を計画しますが、建設に着手する前に戦傷が元で1602年に死去しています。
嫡男・直継(直勝)が相続すると現在彦根城が存在する彦根山に新城の建設が開始され、1606年完成し彦根城に入城しています。

≪本日の問題≫


                           <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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