前田慶次郎 その17 「戦国風流武士 女廓へ」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その17

「戦国風流武士 女廓へ」

慶次郎が本阿弥家に遊びに行くと、光悦が

「どうです。女廓に行ってみませんか」

と誘った。

慶次郎は行くとも行かないとも答えず、ただこう言った。

「大変な景気だというではありませんか」

「高麗行きの軍勢で、なかなかの賑わいだそうですよ。ちょいとその景気のほどを見て着たいのです。いか

が。」

「行ってみましょう」

二人は廊に向かった。

現在の柳馬場通り
ya.柳馬場

当時の京の廊は、六条柳ノ馬場にあった。

以前、京の遊女は市に散在していたが、数年前に秀吉が、ここ以外では営業を制限したのです。

「なるほど、こりゃすごい」

一歩、廓に入ると、慶次郎は舌を巻いた。

三味線が鳴り、歌声が湧き、酔いだみた荒々しい怒号が響き、キャーッ!と恐怖半分、ふざけ半分の女の

悲鳴がつっ走り、ドカンドカンと荒々しい足音が家鳴り震動を呼び、廓全体がぐらぐらと煮え立っている感じ

であった。

二人は光悦のなじみの揚屋の一室に落ち着いた。

二人の遊びは至って物静かだ。

低い声で、ぽつりぽつりと話を交わしながら、舐めるようにして盃を干す。楽しそうに笑いはするが、大きな

声では笑わない。廓全体が沸き立っている中で、この部屋だけは真空地帯のようであった。

戦地に向かう将士等の狂気じみた荒々しい遊びに馴らされている女等にとって、こんな座敷は窮屈である

らしい。酌をするのもお義理で、ひどくつまらそうに見えた。

しかし、二人は一向気に留めず二人だけの会話を悠々と続けていた。

「喧嘩だ、喧嘩だ!」

「ほら抜くぞ、抜くぞ!」

と、こんな声も聞こえてきた。

「やれやれ、飛んだ余興だぞ。何がはじまったか、お前らも行って見て来い」

と、慶次郎がいうと、先を争って出て行った。

浮世離れした話をのんびりと続けていると、女のひとりが走り帰った。

「普通の喧嘩ではございません。敵討ちでございます。敵を討とうとなさるのは、まだ15、6の美しいお若

衆ですのに、敵方には助太刀の人が大勢いるのでございます。お可哀そうに、返り討ちになられましょう。

それは、それは美しい方ですのに」

青くなって、涙ぐんで、身も世もあらぬ風情だ。

慶次郎は盃をすてた。

「ほんとか!」

「なんでうそを言いましょう。早く行って助けてあげてくださいまし」

慶次郎は刀を引寄せて

「ちょっと失礼します」

と、光悦に言って立ちあがった。

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解:名護屋城
1591年8月、「唐入り」を翌年春に決行することを全国に告げ、肥前の名護屋に前線基地としての城築造を九州の大名に命じています。
秀吉は自分の地元名古屋と同じナゴヤという地名を奇遇に感じ、城の立つ山の名前が勝男山と縁起がいいことにも気を良くしこの地への築城を決めたという。

≪本日の問題≫


                           <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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