前田慶次郎 その20 「石になった慶次郎」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その20

「石になった慶次郎」

斬り合いのさなか、悠長きわまることだが、やむを得まい。

「我々はもと奥州葛西家の浪人にて、ただ今は伊達の家中のものでござる。一昨年の冬、われらがまだ浪々

の身であった頃、朋輩・二本松権右衛門源実高の兄。権左衛門実義が、その少年に討たれた」

「太閤殿下の朝鮮征伐の下命により、主人・政宗の供をしてこの地に参ったところでござる。神明の加護か、

仏陀の慈悲か、朋輩・二本松権右衛門源実高が当廓において、はからずも仇を見つけ名乗りかけたので

ござるが、相手は若年ながら中々の手練、早業飛ぶがごとき曲者なれば、われら朋輩の義によって後ろ見

せんとしたるところ、おぬしの邪魔によって、権右衛門源実高は、あれ、あの通り早くも手傷・・・」

重く濁った奥州弁ではあるが、淡々と弁じ立てて、くやし涙をハラリはらりと溢す。

誠実で熱心な様子は、嘘偽りはないと思われた。

ma.前田慶次郎紋

慶次郎は少年に向って叫びかけた。

「おい若衆殿、貴殿の言い分を聞こう。覚えがござるか」

「覚えがござる!」

こだまが返って来るように、少年は答えた。

ゲェーッ! と言いたいところであった。水を浴びせられたような気持ちであった。

四方八方から、このおさまりを見ている群衆の顔が一時に渦巻いて、この滑稽千万な失敗をあざ笑って

いるのではなおかとすくみ上がった。

しかたない、謝ってしまおうと思った。

「すまん。申し訳ない。拙者の早合点であった。左様な訳であるなら、拙者は引っ込む」

と、頭をさげた。

すたすたと引き返しにかかった。

群衆はどっと笑った。

いくら笑われても、この際いたし方なかった。慶次郎は石になった気持ちで、この嘲笑を受けた。



今日から、福井、石川、富山の北陸の城攻めに出かけてきます。

sakura 20120830 001

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解:沼田城
関ヶ原の戦いの直前、下野国犬伏で真田父子三人が合議し、父昌幸と信繁は西軍、信之は東軍につくことが決した。
昌幸は犬伏を発ち、上田への帰路桐生辺りで「沼田に寄り孫に会いたい」言い出し、そのまま沼田城を訪れが、信之の妻・小松姫は「たとえ舅であっても敵である」ということから、武装した姿で対応し城門を開かず追い返したという。

≪本日の問題≫


                             <参考文献:戦国武将への大質問 歴史の謎研究会編>
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