前田慶次郎 その23 「名古屋山三郎は蒲生氏郷の寵愛だった」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その23

「名古屋山三郎は蒲生氏郷の寵愛だった」

京都町奉行の役人らが騎馬で駆けつけて来た。

すると、それまで旗色が悪くなりながらも戦い続けていた奥州武士らの間に動揺の色が現れ、一人がひと

声何やら叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように四散して群衆の中に消えた。

役人らは、慶次郎と少年を取り巻いて尋問にかかった。

「拙者は加賀浪人前田慶次郎利太。荒くれ男どもが衆を頼んでこの若衆に果し合いを挑んでいるのを見か

ね、後ろ見の役を買って出たのです。」

「敵討ということであったが」

「それは当人についてお聞きとり願いたい」

蒲生氏郷(1556-1595年)
ga.蒲生氏郷

役人らは少年の尋問にかかる。

「拙者は蒲生飛騨守家中にて、名古屋山三郎と申す者です」

と少年は名乗った。

役人らは一斉に「ほう」と言った。

慶次郎も驚いた。

見物人等もどよめいて、傍によって見ようとしてひしめいた。

少年の名は、それほど当時有名であったのです。

蒲生氏郷寵愛の小姓・名古屋山三郎は、新関白・豊臣秀次の小姓・不破伴作、京極高次の小姓・浅香庄

之助とともに、天下3美少年として、以前から世に知られていたが、一昨年の冬以来有名になっていた。

蒲生氏郷が会津に入封して間もなく、奥羽の地侍らが一揆を起した。

氏郷の軍勢は暖国育ち、北国の酷寒をはじめて経験し、氏郷一生の大難といわれるほど難儀な戦いで

あったが、その一揆鎮定において名古屋山三郎は比類なき、武功を立てたという。

花も恥らう名だたる美少年が、白綾に紅の裏をつけた具足下に、色々おどしの鎧、小梨打の冑、華やかな

陣羽織という華やかな装いで、降り積む雪を落下と蹴散らして奮戦する美しくもまた勇ましい武者ぶりは、

口から口に伝わって、天下の語りぐさとなり、

槍士、槍士は、多けれど、

名古屋山三は一の槍

という、はやり唄まであったという。


北陸3日目は「富山城」へ

模擬天守ですが、天守は青空に映えますね!
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                         <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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