前田慶次郎 その31 「寡黙な人・上杉景勝」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その31

「寡黙な人・上杉景勝」

間もなく、麻裃の礼服で立ち出でた。

「お待たせいたしました。では、参りましょう」

慶次郎は自慢の名馬松風、兼続も騎馬でくつわを並べて社家町を出る。

後ろには兼続の家来が3人従い、慶次郎の家来の一人が風呂敷に包んだちょっとした荷物をぶらさげている

のが目立った。

上杉景勝はこの時45歳、背は低かったががっしりした骨組みの体つきであったし、顔も大きかったので、座

っている時はなかなかの大男に見えた。

上杉景勝(1556-1623年)
ue.上杉景勝

兼続が帰って来て、慶次郎召抱えの交渉が成立して、お目見えのために召し連れて来たと報告すると、頷

いた。

ものは言わない。口数は至って少ない人なのだ。

必要な時でも、ほんの一言か二言しか言わない。

兼続は馴れているから、さっさとことを運ぶ。

「それでは早速に御引見たまわりますよう。大広間に用意いたさせます」

と言って引き下がった。

景勝は立ち上がって、侍従をかえり見た。

「はっ」

侍従等は隣室から上下を持って来て、景勝に着せ掛ける。

一同がひれ伏している間に、景勝は正面の席に座って、細めたまぶたの奥から、慶次郎を見た。

礼儀の格法を外れない美しい坐容ではあるが、大して恐れ入っている様子はない。悠揚として迫らない態度

だ。

「本日、御家中となりました前田慶次郎利太でございます。お目見え賜りますよう」

と、兼続が披露した。

景勝がうなずく。依然としてものは言わない。

ume 20120912

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解:神指城
1598年に会津へ移封された上杉景勝は、会津盆地の東南隅に位置する若松城は拡張が難しいと判断し、1600年2月に盆地中央で阿賀川畔の神指ヶ原に新たな城の建設を家老・直江兼続に命じています。
1600年3月18日から築城を開始し、6月1日に石垣、土塁、堀、門、などを完成させたが、天守着工前に徳川家康の会津征伐により工事は中断し、以後、築城関係の工事は会津征伐軍の途上にある白河城の修築が優先しています。

≪本日の問題≫


                           <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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