前田慶次郎 その33 「会津へ引き上げ」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その33

「 会津へ引き上げ 」

間もなく、景勝は会津に引き上げた。

兼続は少し遅れて引き上げたが、慶次郎は景勝に供奉した。

この引き上げにあたって、景勝と兼続は石田三成と談合して、

「わしらが会津で先ず事を挙げる。徳川内府の領地は関東だ。荒らされてならんと、必ず関東に帰るに相違

ない。そこで、おとこ同志の大名を募って、西で兵を挙げて貰いたい。かくして東西挟撃の勢いが成ったら、

内府が如何に戦さ上手でも、身動きがとれまい。そうなったら、今では内府の威勢におじけずいて、おべん

ちゃらを言っている大名殿も、必ずや豊臣家に心を向けて来るに相違ない」

と計略を決めたらしい。

彼らがこんな相談をしたという証拠は、今日は残っていない。

ですから、歴史家の中には信じない人もありますが、情勢上から判断すると、その方が自然である気もしま

す。

ma.前田慶次郎皆朱の槍

この景勝の伏見出発の数日前に、勢揃えをした時、上杉家で有名な勇士である水野藤兵衛、韮垣理右衛

門、宇佐美弥五右衛門、藤田森右衛門の4人が立ち話している前を、慶次郎が通り過ぎたが持っている槍

に目をつけた水野藤兵衛が、

「や!見ろ、あの槍」

と叫んだ。

すると、残りの3人も「や!」と目を“丸く”し、続いて、今度は“三角”にした。

「むう、あの槍・・・」

と、うなった。

おしゃれな若い女性が、はやりの美服をつけて通行する同姓を見送る時のような表情であった。

「皆朱だぞ」

「さよう皆朱じゃ」

いきり立つ顔であった。

ume 20120917

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≪昨日の解答≫
昨日の正解:館林徳川家
5代将軍・徳川綱吉は館林徳川家の出身で、この館林徳川家は江戸幕府3代将軍・徳川家光の4男・綱吉を家祖とし、上野国にあった徳川氏の一支系です。

≪本日の問題≫


                           <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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