前田慶次郎 その51 「名古屋山三郎が歌舞伎に貢献」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その51

「名古屋山三郎が歌舞伎に貢献」

「ほんとうですか」

慶次郎は目をまるくした。疑う気はない。

山三郎ならばこういうことになったとしても、ありそうなことと直ぐ思った。

「蒲生氏郷様がお亡くなりになった時、あの人は蒲生家から暇をとり、山左衛門と名を改め、暫くこちらで

浪人暮らしをしていましたが、去年の冬から阿国と共同してこんなことを始められたのです。いくらか世に

飽かれ気味であった阿国歌舞伎が、新しい生命を吹き込まれて、評判を取り返したのは、あの人による

工夫だと言われているのです。」

と光悦は説明した。

na.名古屋山三郎 001

「なるほど、なるほど。拙者はあの人がまだ少年であった頃の一時しか知りませんが年少に似ず風流

韻事には豊かな天分があったようです」

と言いながら、慶次郎は山三郎がいくつになったのであろうと、胸のなかで指をおった。

慶次郎が山三郎を知ったのは、朝鮮の役が起こった時です。

その時、山三郎は16歳であったから、今は25になっているはずだ。

「花も恥じろう美少年であったが、どうなっているのであろう」

と思った。

間もなく、芝居は打ち出しとなった。

光悦は言う。

「さて、どこに参りましょう。久方ぶりに、柳ノ馬場へ行ってみましょうか」

「ようござろう。いく年ぶりのことです。京の楽しみをつくってかえりましょう」

小砂利道を、肩を並べて辿っていると、若い女の声で呼びとめられた。

「少しお尋ねいたします」

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解:仏門に入る
皆さんよくご存知ですね。
蒲生氏郷が死去すると蒲生氏から退去。京の四条付近で浪人した後に、出家して宗圓と名乗り大徳寺に入っています。
その後しばらくして還俗し、妹の“岩”が嫁いでいる森忠政の家臣として仕えています。

≪本日の問題≫


                           <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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名古屋山三郎

コメントでははじめまして。 ブログへの拍手いつもありがとうございます。

名古屋山三郎という名前は恥ずかしながら漫画で知ったのですが、
蒲生、森、細川などの著名な大名との接点があったり、
出自からしてもロマンあふれる人物ですね。

ぬま さま

こちらこそ、いつもありがとうございます。

名古屋山三郎のこと、皆さん良くご存知でビックリしています。
歌舞伎に貢献したことは有名ですが、早逝されたようで残念ですよね。

もう少し、深説を調べてみたいなかのひとりです。☆
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