前田慶次郎 その52 「今の名は穀蔵院瓢戸斎」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その52

「今の名は穀蔵院瓢戸斎」

ふり返ると、17、8の美しい娘であった。

おじぎをして、愛嬌のある笑いを見せていう。

「ぶしつけではございますが、禅門様は以前の名前を前田慶次郎様とおっしゃる方ではございませんか」

慶次郎は、顔をなでて

「はは、禅門様か。なるほど、禅門様には相違ないの。両刀は帯していても、この頭じゃ…。その通り。

前名:前田慶次郎太利、今の名は穀蔵院瓢戸斎。しかし、そなたは誰だな」

「阿国歌舞伎の者でございます。名は信乃、よろしくごひいきを」

「ほう」

「師匠が舞台からお姿をお見かけして、ぜひお目もじしたいと申します。お願いでございます。お聞きとど

けください」

na.名古屋山三郎 002

「師匠と言うのは、名古屋山左衛門殿のことだな」

「はい。しかし、阿国も一緒にお目もじを許していただきたいと申します」

会いたかったが、光悦の意を図りかねて、そちらを見ると、その意をくみとって、娘は光悦におじぎをして

言う。

「旦那様は本阿弥様でございますね。旦那様にもお目にかかりたいと申します」

光悦は笑って慶次郎に言った。

「折角の御招待です。その上、こんなに可愛いお使者が立ってまいられたのです。男冥利につきましょう。

応じようではありませんか」

慶次郎は笑って頷いた。

「仰せの通りです。受けましょう」

娘は嬉しげに笑った。

「ありがとうございます。では、こちらにおいでくださいまし」

小屋に連れて帰るかと思うと、そうではなかった。

sakura 20121019 001

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解:伊勢松坂城
蒲生氏郷は、高山右近らの影響を受けたキリシタン大名です。(洗礼名はレオン)
1585年の紀州征伐(第二次太田城の戦い)、1587年の九州征伐や1590年の小田原征伐などにも従軍し、1588年には松坂城を築城。
松ヶ島の武士や商人を強制的に移住させて城下町を作り上げています。

≪本日の問題≫


                           <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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