前田慶次郎 その53 「山三郎との再会」

戦国風流武士 「前田慶次郎」 その53

「山三郎との再会」

少し歩いて、練塀を巡らした屋敷に導かれた。

玄関にさしかかると、奥から走り出して来た者があった。

「これは、これは、ようこそ。お久しゅうございます」

山三郎であった。昔の艶やな美しさは無くなっていたが、たけ高く、引き締まった顔は、やはり得がたい

美青年であった。

na.名古屋山三郎 003

「お久しゅう。全く意外でありました。本阿弥光悦殿から、貴殿であると聞いて驚きました」

「ごもっともであります。てまえ自ら驚いているのでありますから」

山三郎は笑って答え、光悦の方を向いて会釈し、手を取らんばかりにして奥に案内した。

すぐ酒肴が出てきて、2、3献すんだところで、山三郎は言った。

「武門に生まれた者として、似合わしからぬ今の生業をお考えになっているのでありましょうな」

芸能も持って職業とする者は、すべて賤民視された時代であった。

それは、この時代の庶民芸能の殆ど全部が漂泊の賤民であるクグツの芸能から出ている名残であった。

この時代は言うまでもなく、徳川時代の中期に近い頃まで、能楽師は武士のおかかえになって扶持を貰

っていても、武家との結婚は許されなかった。

能楽ですらこんな風ですから、大衆相手の芸能人はすべて「河原もの」と呼ばれて賤民扱いを受けてい

たのです。新興の芸能である歌舞伎も決して例外ではなかった。

山三郎の問いの底にはこんな事情があったのです。

慶次郎はいたって真面目な表情で問い返した。

「貴殿は卑下していなさるのか」

山三郎は、少しうろたえたようであった。

「いえ、しかし…」

「しかしとは?」

慶次郎は厳しい調子を弛めず、追及した。

「わたくし自信は決して卑下していませぬが、世間では…」

「世間は世間に任せておきなさるがよい。籠の中で育った小鳥には大空を飛ぶ鳥の気持ちや生きようは、

判りませぬ。凡俗のしきたりや約束の中でしか生きることを知らぬ者に、闊達自在に生きようとする者の

生き方が、どうしてわかりましょうぞ。一切構わんがよろしい。」

「それは承知していますが…」


piglet家におやつがイッパイ届きました。
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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
正解:黒田官兵衛
信長、秀吉に重要されながら、その才能を警戒され、秀吉から中津18万石しか与えられなかった男・黒田官兵衛。
和歌や茶の湯を愛した文化人で、巧みな舌弁と巧みな軍略で秀吉を支えた冷徹でありながら、血戦をきらった軍師。クリスチャンとして信仰を貫き、側室を持たず妻と添い続けた律儀な官兵衛。
楽しみですね!

≪本日の問題≫
ok.阿国 001


                           <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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