前田慶次郎 その57 「江戸城下」

戦国風流武士「前田慶次郎」その57

「江戸城下」

上杉景勝は帰国の途についたが、途中、秀忠にお礼言上のために江戸に立寄った。

実質的にはペテンにかけて降伏させられたのですが、名分は徳川内府の寛容によって、命を助けられた

ばかりか、家名を取り留めることが出来たことになっている。

不平はあっても言ってはならない。

秀忠に拝謁して、詫びを言い、礼を言わなければならない。

江戸に着いたのは9月末。今の暦では10月末から11月初めの季節です。

江戸城
ed.江戸城 001

京へ上る時は中仙道をとったので、江戸はいく年ぶりであった。

一行は江戸の急激な変化に驚いた。

一行の大部分は、秀吉の小田原征伐に従軍しているから、徳川家の城下町になる前のことを知っている。

その頃のここは奥州街道沿いも寂しい宿駅で、戸数も100戸程度、城といっても太田道灌の居城であった

頃の面影はさらさらになかった。

また、一行のある者は、江戸が徳川家の城下町になってから見ている。

なんと言っても日本一の大大名の城下であるから、その発展は急速であった。

家康自身は用心深く、まだ征夷大将軍になることを遠慮しているが、その城下町はひと足先に日本の中心

になりつつあった。

一番目立つのは、徳川家の家臣等の人も無げな姿であった。

天下はもう放っておいても自分らの旦那のものになるという自負からであろう、肩で風切る勢いだ。

こちらは降伏者であるだけに一層それを強く感ぜられる。

「ああ、早く帰国したいのう」

「帰国すれば国替えだ。禄を5分の1か6分の1に減らされ、米沢に移らねばならんのだ。あてがわれる屋敷

もうんと小さくなるのだろう」

「禄を減らされ、小さな屋敷でも貰える者はまだよい。お暇を出されるかも知れんのだぞ。譜代の衆は安全

であろうが、御当代になって召抱えられた者は危いな」

「それに、あちらはもう雪だ」

「ええい!腹の立つことばかりだわい」


pig 20121025

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
正解:遊女歌舞伎
阿国一座が評判になるとこれを真似た芝居が遊女によって盛んに演じられるようになり、遊女歌舞伎となった。
このころの歌舞伎は、女性によるセクシャルなもので、儒学を重んじる徳川幕府などにより、女性による歌舞伎は禁止され、少年歌舞伎から、現代の野郎歌舞伎(役者が全員成年男子)へと変遷しています。

≪本日の問題≫


                          <参考文献:戦国風流武士 前田慶次郎(海音寺潮五郎暑)>
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