三成の関ヶ原 その27 「三成のあざむき」

『三成のあざむき』

家康の家臣・永井直勝に送ったという増田長盛の密書でてくる“三成が挙兵について大谷吉継と相談し

た”という風説は事実であった。

三成と吉継の両人は秀吉の小姓時代から心を許しあった親友であり、三成の挙兵計画の当初から協力

すべき間柄であったにも関わらず、事の露顕に配慮した三成は、挙兵の寸前まで胸中の秘密を吉継に

打ち明けていなかった。

大谷吉継(1558-1600年)
oo.大谷吉継 002

三成の挙兵計画を全く知らない吉継は、家康の命令に従って会津遠征に参加しようとして、兵1千を率

いて、居城・越前敦賀を発ち、7月2日、美濃の垂井に着き、かねての約束どおり三成の子・石田重家を

会津遠征に同道させようとして、使者を佐和山に使わした。

三成も表面上は、家康に対して恭順に振る舞い、会津遠征に際し使者を家康のもとに送り、その労をね

ぎらい三成の子・重家を従軍させてくれるように願い出、そして家康もこれを許可していたのです。

ここらは、狐と狸のばかしあい同然だったのでしょう。

だから、三成は大谷吉継に対しても

「わが子・重家も会津遠征に参加させたいから、ついでに連行して欲しい」と依頼し、吉継をもあざむい

ていたのです。

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『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:お主には人望がない
関ヶ原の戦いで、大谷吉継が三成への与党を決意したとき、三成に対してこう述べたという。
・「お主は才智に長けているが勇が足りない。誰よりも真っ先に命を捨てる覚悟で戦陣に挑んでもらいたい」
・「お主は横柄で傲慢だと上は大名から下は民百姓までが噂している。お主には失礼だが人望が無い。人の上に立つ者は人望が無ければならぬ。お主がでしゃばれば、豊臣家大事を誓う者まで家康のもとへ走らせる。

≪本日の問題≫


                 <参考文献:石田三成(桑田忠親薯)、大谷吉継と石田三成(工藤章興薯)>
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