三成の関ヶ原 その28 「大谷吉継の説得」

『大谷吉継の説得』

大谷吉継が垂井に到着したことを知ると、三成は家臣を使者として垂井に遣わし、吉継を佐和山城に迎え

入れ、深夜まで密議を交わしている。

天地人の三成(小栗さん)
is.石田三成 小栗005

その時、三成は

「内府(家康)の近年の所行を見るに、太閤さまの遺命に叛くばかりか秀頼公を無視することはなはだしい

ものがある。これを放置しておけば、豊臣の天下が徳川のものとなること、火を見るよりも明らかである。

我らことき幼少の頃より太閤さまの大恩を蒙る者は、これを傍観するわけにまいらぬ。よろしく、内府東下の

機に乗じ、これを討滅するべきである。」

と、主張した。

その論旨は実に堂々としていて、さすがの吉継も圧倒されそうになったが、思慮深い吉継は、これに対して、

「内府の所行は確かに専横のきわみで、許しがたい。しかし、必ずしも秀頼公を廃しようと企ててはおらぬ。

まして、内府の今日の威勢には、だれ一人として敵対する者がいない。それに比べて貴殿は、加藤主計頭

(清正)をはじめ、諸将の恨みを買うこと久しいものがある。今、もし、事を挙げれば、彼らは皆、内府に組し

て敵となるであろう。従って、今ただちに家康討伐の兵を挙げても、帰って天下の静謐を乱す犯罪者にされ

るだけのことで、貴殿の素志を果たすことは困難であろう。この刑部(吉継)が病身をおして東下しようとした

のも、実は徳川と上杉との間を調停しようと考えたからだ」

と述べた。

しかし、三成は

「このたびのわが行動は、ひとえに豊臣家の行く末を思って計ったことであり、もとより、わが身のためでは

ない。この機を逃しては、好機は再び巡って来ないと信じている」

と述べて、絶対に譲ろうとはしない。

sakura 20130108 001

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『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:真田信繁(幸村)
関ヶ原の戦いで父・大谷吉継と夫・真田信繁(幸村)が西軍につき、竹林院は義父・真田昌幸の正室と共に実父の吉継に保護されていたという。
戦後は信繁に随行して九度山に幽閉される。九度山での生活は厳しかったらしく、彼女自ら上田地方の紬技術を応用した真田紐を考案し、家臣たちに行商させて、生計を支えていたそうです。

≪本日の問題≫


                 <参考文献:石田三成(桑田忠親薯)、大谷吉継と石田三成(工藤章興薯)>
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No title

さくらちゃん段々ボールが大きくなってるみたいですが
ビーチボールに変更ですか(笑)

あず さん

あずさん、こんばんわ!
いつもありがとうございます。

そうなんです。
ボールは百均でゲットしていますので、消耗品です。
さくらのパワーに、ボールが負けて空気が抜けるようになります。
現在、3個目ですよ。
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