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【加藤清正】 その5

『山崎の合戦における武功』


山崎の合戦においての清正の武功を清正記が伝えています。

山崎の合戦の秀吉軍の先鋒は、高山右近、中川瀬兵衛、池田信輝の3人であったが、高山は

「高名も不覚もまぎれぬこそ快けれ」

と称して、山崎の南門を閉ざし、余隊の兵の通行を禁止して合戦を始めたという。

山崎の戦い激戦の地碑
山崎の戦い激戦の碑

山崎には古来の関所があって、その位置がちょうど南の町のはずれに位置している。この関所の門のことだった

のでしょう。

池田信輝が高山右近心変わりかと疑ったほどであるから、秀吉も不審に思ったこと間違いのないことです。

清正を呼んで

「徒(かち)の者、2、3人連れ高山が戦ぶり見てまいれ」

と命じた。

「はっ!」

と答えて、清正は徒衆3人を連れて合戦の様子を見て歩いていると、明智方の先鋒部隊の中にさわやかに働い

ている者がいた。

「日向守が先手・伊勢与三郎が家来・近藤半助ぞ!」

と名のって、部下の者どもに脇を守らせ、鉄砲を連発させながら働いている。

この時代の戦闘は、一騎討ちといっても身分のある戦士は単騎で戦闘したのではなく、自分の左右に家来どもを

立て、これに鉄砲か弓を持たせて援護させて戦ったのです。

これを“脇をつめる”といっています。

「あの男、みごとじゃな。おれが討取ってくれよう。見ていよ。」

と言うや、2尺9寸の陣刀を引き抜き、真一文字に走り渾身の力を込めて突いた。

半助は馬から真っ逆さまに転落したところを、清正は踊りかかって半助の首を掻き切り、腰に付けた首袋入れた。

清正は秀吉の本陣に駆け戻り、合戦の状況を報告し取った首を実検にそなえた。

「武勇を心がける者、手柄者とは汝たるべし、いよいよ武功をつくすべし」

と、秀吉はその場にて自筆で感状をしたためて渡し、なお当座の褒美として脇差をくれたという。


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いつもありがとうございます。


pig 20131224 001


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:安国寺恵瓊
毛利方は軍僧の安国寺恵瓊と秀吉方は黒田官兵衛が和議の交渉を行っています。
最終的には、備中高松城城主・清水宗治自刃を和睦条件として提示し、籠城者の命を助けるようにという嘆願書を書いて安国寺恵瓊に託し、これで和議が成立しています。

≪本日の問題≫


                                     <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>
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