【加藤清正】 その7

『亀田城落し』


安楽越えというのは、東海道の土山と鈴鹿の間の猪鼻から左に分かれ、黒川・山女原(あけびはら)を経て伊勢

の安楽に出るのでこう呼ばれていたという。

安楽から一里(約4km)少し行くと峯城がある。

ここには滝川の一族が篭っている。

伊勢国 亀田城
is.伊勢国亀田城

秀吉は、ここには抑えの兵を置き、進路を北方にとり、他の二道からから来た軍と合流し、桑名近くで滝川一益

と戦ったが勝敗はつかなかった。

秀吉は、ここにも抑えの兵を残して南行し、一益方の佐治新助が篭っている亀山城を3日間で攻め落とした。

この時も清正は秀吉の命を受け、前線の戦況視察を行っている。

すでに戦況は城中に至っており、城内のいたるところで乱戦が行われていたが、敵の鉄砲隊がいるので近づくこ

とができない。

秀吉の部将・木村隼人の甥の木村十三郎が十文字槍を振り回して飛び込もうとするが、鉄砲隊の守りが厳しく

出られない。

これを見た清正は持っていた2間半の大槍で、筒先を並べている鉄砲をいきなり叩き払うや、鉄砲隊長を突いた。

「無念、出し抜かれた!」

と叫んで、槍を繰り出し腹部を表裏まで突きぬいて倒した。

清正は

「槍をつけたのは拙者でござるが、突き倒されたのは貴殿でござる。首を上げ候え」

と言い捨て、なお城内深く進んだ。

そのうち佐治は降伏したが、敵も味方もこれを知らず、なお激しい戦闘が継続されていたので、清正は大声で

「城主・佐治は降人となりたるぞ!戦はこれまでぞ」

と、言い廻ったので、戦闘は直ぐに終わった。

秀吉は、このことを木村隼人から聞いて、十三郎にも清正にも感状を与え、刀を一腰ずつ与えているが、清正が

貰った刀は信国であったという。


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pig 20131227


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫ (12月25日)
正解:羽柴秀吉
織田四天王は、織田信長に仕えて天下統一事業に貢献した、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀の4人の武将を顕彰した呼称です。

≪本日の問題≫


                                     <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>
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