【加藤清正】 その15

『清正隊の出陣』


清正は木山弾正の陣を見て、弾正の覚悟がわかった。

使者を小西行長の陣へ出し

「木山弾正、有無の一戦せんと思い定めているげに見え申す。われら明日、弾正を討ち果し申すべきれば、貴

殿は城を堅固に取り巻いて、敵が出られぬようにされたし」

と申し送り、戦いの用意をした。

志岐城
si.志岐城 02

軍勢を三手に分け、先陣3千は7時に敵がいる山へ押し上る。二番手は2千、三番手を旗本とした。

先陣の大将分の者どもが暇乞いにきた時、清正は

「明日の戦、わしも一番に乗り上げて押し入るつもりである。味方の小西勢、敵の志岐勢ともに目をすまして見

上げている高みでの合戦である。皆々一入(ひとしお)精を出せい」

と言って酒を飲ませた。

すると、南部無右衛門という勇士は意気激揚して進み出で

「山上より大岩石ども崩れかかってまいろうとも、拙者は必ず一歩も退かず攻め上がり申すでござろう」

と、大声を吐いた。

夜が明けて定めの時刻になるや、先手3千は本道を上りはじめた。続いて二番隊2千は左手の尾根を押し上がる。

清正は旗本たちに

「今日の先手、必ず追い崩されて来るであろうから、その時、旗本勢は追い来る敵に横筋かいに槍を入れい」

と、言い置いて、自ら80人を率いて先手について上りはじめた。



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sakura 20140113


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:行長の家臣の子
天草四朗は、小西行長の遺臣・益田甚兵衛の子として母の実家のある天草諸島の大矢野島で生まれたとされる。(宇土市や長崎出身という説も)

≪本日の問題≫


                                       <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>
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