『黒田官兵衛』 その11

『秀吉からの手紙』

豪族らが毛利家に心を動かす者が多くなると、この形勢が様々の流言となって信長の耳にも達した。

すると、信長は持ち前の猜疑心はムクムクと頭を持ち上げる。

誰を疑い、彼を疑い、官兵衛に対しても疑いを抱くようになった。

信長のこの疑い深さは用心深さということにもなるのだから、あながち欠点とばかりはいえませんが、覚えのな

い身で疑われる人間にとっては迷惑千万であった。

「かのようなことになるのも、御軍勢を遣わされぬからだ。軍勢を遣わされ、経略に着手さえすれば、いざこざは

一切収まるのだ」

豊臣秀吉(1537-1598年)
to.豊臣秀吉 001

1577年夏、官兵衛は安土に行き、信長の臣で与力の一人として秀吉の付属させられている富田平右衛門を

招いてこれと会い、播州の形勢を説明し、何事も軍を繰り出していただくことだ。延びれば、延びるほど事情は

困難になるばかりであると説いて帰国し、その後も度々、秀吉に手紙を出して、播州下向をうながした。

この頃の手紙に、こんな文句があります。

「その方の儀は、われら弟の小一郎めどうぜん(同然)に心やすく存じ候」

小一郎とは、秀吉の実弟・秀長のことです。後に大和大納言になった人物です。

「なに事をみなみな申すとも、その方ぢきだん(直談)の(を)もて、ぜし(是非)は御(おん)さばきあるべく候」

誰がどんなことを言って中傷しても、そなたはわしに直談して確かめた上で真偽を決定して欲しいの意味。

「われにくみ申す物は、其の方までくみ申すことあるべく候。其心へ(得)候て、やうじんをあるべく候」

わしに悪意を抱く者は、そなたに対しても悪意を抱くこともあろうから、そのつもりで用心すべきであるの意味。

秀吉という人は手紙上手で、十分な技巧がありながら、素朴で卑俗なことば使いとやたらに多く、また、誤字が

かえって人の心をぴたりと捉えるところが神業なのです。

いくら秀吉が技巧派であっても、技巧や演出でここまで書ける筈はなく、官兵衛に対して十分以上の信頼があっ

たので、この文章になったのでしょう。

まだ若い官兵衛は感激したことは間違いないことでしょう。

この時、官兵衛32歳。秀吉は10歳年上の42歳であった。


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sakura 20140223



『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:高田城
天下普請とは、江戸幕府が全国の諸大名に命令し、行わせた土木工事のこと。なかでも城郭普請が有名です。
高田城は、徳川家康の6男・松平忠輝の居城として天下普請によって造られ、城地の縄張りと工事の総監督は忠輝の舅の伊達政宗が勤めています。

≪本日の問題≫


                                      <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>
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