『黒田官兵衛』 その17

『荒木が反旗をひるがえす』

宇喜多家へ本領安堵が下された前月9月のことです。

荒木村重摂津守が毛利氏に心を通じて伊丹の有岡の居城に篭って、信長に反旗をひるがえした。

10月になって、官兵衛は主家の小寺家もこれに一味しているという情報を受取った。

調べてみると、事実です。

荒木村重(1535-1586年)
ar.荒木村重 餅

官兵衛は驚き、当時、入道していた宗円と名のっていた父・職隆とも相談して、2度も御着に行き、政職に会っ

て諫言した。

官兵衛のこの往復の間に、政職は家老等と計略を練って

「官兵衛を生かしておいては、うるさくてかなわぬ。やつはまた骨髄から織田びいきであるゆえ、殺さねば害を

する。しかし、この城で殺せば、宋円が腹立てて敵対しよう。荒木のところにやって、荒木に殺させれば、後腐

れがないわ」

と決めた。

政職は官兵衛に言った。

「そなたの言うことは通理至極だ。しかし、わしがこの企てに同意したのは、荒木への義理でいたし方ないのだ。

もし荒木が翻意するなら、わしも前にかえって織田家に従おうぞ。そなた、荒木のところへ行って説得してくれ

ぬか」

「かしこまりました。誠意をもって利害損失を説きましたなら、必ず説き伏せることが出来るでございましょう」

と、官兵衛は承諾した。

官兵衛ほどの知恵者が他愛無いと思えますが、知恵者だけに自負があったのでしょう。

官兵衛は知恵者であるとともに血統的に誠実な人柄なので、是が非でも主家を災厄から救い出さなければなら

と思ったのかも知れません。

人が大凶運に陥る時は、常識では考えられないほどに不用心なものです。



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sakura 20140405


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:第4次合戦
川中島の戦いの第四次合戦は、1561年に行われ、「八幡原の戦い」ともいい、第一次から第五次にわたる川中島の戦いの中で唯一大規模な戦いとなり、多くの死傷者を出しています。

≪本日の問題≫


                                       <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>
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