【知将か表裏比興の者か真田昌幸】 その36

『嫡子・信幸を家康に人質として差し出す』

徳川家をなめ切っている昌幸の無遠慮を極めたやり方に、家康は腹を立てて再び上田征伐を決心した。

ところが、この頃から昌幸が頼みとしている秀吉は家康を敵とすることの不利さを悟って、籠絡の策に出、しきり

に機嫌を取り始め、ついには既に人妻になっている妹を夫婦別れさせて、家康に縁づけるという極端なことまで

やっている時です。

真田信幸(1566-1658年)
sa.真田信幸

武力的にはバックしてくれる筈がない。

昌幸は窮地に立ったが、さすがは秀吉です。

見殺しにはしない。

「徳川殿は、おれが妹婿じゃ。おとなしくせい」

と昌幸を押える一方、家康の方も説いて、ついに和睦させた。

昌幸もまた沼田がぶじなら、家康のような大勢力との戦いは好むところではない。

「末長く異心あるまじきしるしに」

という口上とともに、嫡子・信之を人質として家康のもとに送った。

家康も喜んでこれを受けたばかりか、家臣・本多平八郎忠勝の娘・小松姫を自分の養女として、信之と婚約

までさせた。

この婚約については異説があって、はじめは小松姫を養女にしないで婚約させようととしたところ、昌幸が腹

を立てて

「拙者が嫡子を徳川家の被官の婿にするのじゃと、真っ平じゃ!」

と、けんもほろろに断った。

家康はこれを秀吉に相談すると

「おことの養女にして、その上で話をかけてごらんあれ」

と知恵をつけた。

その通りにすると、昌幸は上機嫌で

「至極の良縁、文句はござらん」

と、受けたという。

真偽はわかりませんが、当時の昌幸と本多忠勝との社会的地位を考えればありそうなことです。


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pig 20140514

『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:軍制を武田流に改めた
石川数正は徳川の軍事的機密を知り尽くしており、この出奔は徳川にとって大きな衝撃であった。以後、徳川軍は三河以来の軍制を武田流に改めています。
この改革に尽力したのが、武田家が滅亡した際に、家康が信長による武田の残党狩りから匿った武田の遺臣達です。

≪本日の問題≫


                                      <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>
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