【知将か表裏比興の者か真田昌幸】 その47

『昌幸の時間稼ぎ』

徳川勢が挑発に乗らず、上田城を素通りしたとしても、すでに3日の足止めに成功し、役目は十分に果たして

いる。

上田城
ue.上田城 20100625 004

さらに挑発に乗って攻めてくれば、城に籠もって持久戦に徹し、さらに余分な時間が稼げるわけです。

家康隊との合流を急ぎたい秀忠隊の事情を考えれば長期戦が行えないことは明らかであり、兵力で圧倒され

ていようとも、城に籠もって数日間持ちこたえれば徳川勢は引き上げるだろう、と昌幸は踏んでいた。

短期決戦を行うしかない徳川勢の戦術はおのずと限られ、しかも総大将の秀忠はこれが初陣であった。

徳川勢が挑発に乗らなければ良し。乗ればなお良しの二段構え。狡猾な昌幸の策に陥った徳川勢は戦わず

して苦しい状況に陥れられた。

秀忠軍は小諸から上田城の東にある染谷台に陣を移し、真田幸村が守る上田城の支城・戸石城に対し、幸村

の兄である信幸の軍勢を差し向ける。

迫り来る軍勢の大将が兄である事を知った幸村は兄弟で争う事を嫌い、あっさりと城を捨て上田城に引き上げた。

信幸軍は戦わずして戸石城を接収している。

これは幸村が、東軍内での立場が危うかった信幸に手柄を上げさせ、信幸に対する秀忠の信用を高めようと

したため、また、信幸軍を戸石城に釘付けにする事により、結果的に上田城に攻め寄せるであろう兵を減らすと

同時に、信幸を上田城攻めから外させ、真田一族での同士討ちを回避しようとしたためと言われます。


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pig 20140604


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:本多忠勝の娘・小松姫を信幸に嫁がせた
第一次上田合戦によって徳川家康の真田氏に対する評価は高まり、結果として本多忠勝の娘である小松姫を真田信幸へ嫁がせて懐柔するきっかけをつくったという。

≪本日の問題≫


                                        <参考文献:乱世の英雄(海音寺潮五郎薯)>
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