征夷大将軍 『徳川家康』 その4

『村正のたたり1回目』

12月5日の早朝に、清康(家康の祖父)の陣所で馬が放れて暴走したので、陣中が大騒ぎになった。

清康は自らその場に出て

「木戸を打てい! 取り逃がすな!」

と大声に指示。

岡崎城のからくり時計
ok.岡崎城 20100508 002


寝起きの耳にこれを聞いた弥七郎は、

「すわ!、おやじ殿が討たれるところ!」

と動転して走りつけて、縁端に立って武士らに指図している清康の後ろから斬りつけた。

右の肩先から左の脇まで一太刀に斬ったというから、あっという間もない。

そのまま絶息してしまった。

この時、清康は25歳だったという。

この時の弥七郎の刀は村正であったという。

村正の刀が徳川家にたたりをなした第1回であった。

弥七郎はその場で討取られ、死体をズタズタに切り刻まれ、小便壺に投げ込まれたという。

また、大蔵は息子の行為を怒り悲しみ

「拙者は露知らぬことである」

と言い、現に昨夜も弥七郎を呼んで、今日の情勢では自分は冤罪によって誅殺されるかも知れないが、そち

は決して主君をおうらみ申すようなことをしてはならないと訓戒し、起請文を書いて渡しておいたほどであると

弁解した。

弥七郎のふところを探してみると、その起請文が出てきたという。

「とにかく、縛(いましめ)めおこう」

といって、大蔵を縛め引き立てて岡崎へ帰った。

この大変事のために、せっかく再興の気運に向いつつあった松平家の勢いは挫折した。



ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。




昨日、初めて時速500kmのリニアカーを見てきました。

ri.リニア



戦国クイズは、お休みさせていただきます。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

piglet01

Author:piglet01
Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



ランキングに参加しています

人気ブログランキングへ







20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ