我に七難八苦を与えたまえ「山中鹿助」 その2

『尼子清定は逃亡』

尼子清定を追いおとした後、京極家では出雲の豪族・塩谷掃部介という者を守護代に任じた。

清定に経久・久幸の2子があったが、父が追い落とされた時はまだ幼少で、家臣に護られて生母の実家に

送られた。

月山富田城
ga.月山富田城 001-1

生母も死に実家も代替わりして、兄弟に対する待遇も冷たくなったので、遍歴の旅にでたのでしょうか。

陰徳太平記(1507~1598年の間の山陰、山陽を中心にした軍紀物語)には、“諸国を流浪せられしが、

すでに飢餓に及ばんとせしかば、さる片山寺の沙弥などして光陰を送られけり”とあって、その次に“守護

代の塩谷を討ち滅ばして尼子家の栄を回復したいと肺肝をくだいた”とあるから、貧困にある窮乏ほど人

の復讐心を研ぎ澄ますのかも知れません。

当時、尼子家の旧臣らは、みな家族を養うすべを求めて近江に行き、佐々木本家に仕え雲州に止まって

いるのは山中同族のみであったという。

この山中の同族の中に勘兵衛勝重(尼子清定の次男・幸久の子)という者があった。

尼子経久はこれを訪問した。

“「山中急ぎ内へ請じ入れて見るに色黒く痩せ衰へ、喪家の犬にひとし、いと哀れに覚えて、先ず袂をぞ絞

りける。宴膳など調じて進めけるに、頃しも神無月の末つ方、霰まじりにうち時雨れ、木の葉をさそふ山風

いたく吹き落ちて、荒れたる宿の寒けさ特にたへがたく覚えけるに、山中入道が妻炉辺に柴をりくべて、壺

中に醸(かも)しおきたる爛酒をとり出て、温めてすすむ”と陰徳太平記は精写しています。


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いつもありがとうございます。


sa-ko 20141120


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:近江
佐々木氏は、近江国を発祥の地とする宇多源氏の一流です。
宇多天皇の玄孫である源成頼が近江国佐々木庄に下向し、その地に土着した孫の経方が佐々木を名乗ったことから始まるとされますが、異説もあります。

≪本日の問題≫


                                 <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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No title

月山富田城には、登れてないんです;-;
真夏の暑さに夕立、「マムシ、スズメバチ注意!」の看板にひるんで撤退しました・・・いずれ再挑戦したいお城です。

七転八倒の人だー

こんにちは。いつもお世話になっております。

シカノスケといえば、七転八倒。違うっと。
無器用なおっさんを想像していたら、月山富田城の入口の資料館の壁面に、どえらく美形なシカノスケがいて、ビックリしましたが。

山陰の攻防は慣れないお家のお話が多くて、四苦八苦して、放置。しかと勉強させていただきます。

このぴょんぴょんちゃんは、ジュニアでした?
かわいいなー。首に巻きたいなー。

えどっこっこ さま

えどっこっこさん、こんばんは。

この城は、季節の良いときでないと大変ですね。
5月の登城でしたけど、雨上がりでスベスベで山頂部までは
行けませんでした><

山中御殿まで車ですいっと上っただけです^^

つねまる さま

つねまるさん、こんばんわー

そうなんです。
資料館に仁王立ちしていますねぇー^^

新月に向って誓って少女っぽいところがいいですね!

いや、七転八倒だからMさんなんでしょう☆

暫く、展開をながめてみましょう。

> このぴょんぴょんちゃんは、ジュニアでした?

このぴょんは、Pigletの妻のsa-ko嬢です♪

英知な母さんですが、恐い山の神です。

ジュニアーは♀が2羽いましたが、親より先に月に旅立ち
ました><
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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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