我に七難八苦を与えたまえ「山中鹿介」 その46

『無念な鹿介』

鹿介が命をおしんだのは、吉川元春か、小早川隆景か、いずれかを斬って、尼子家のうらみを報いるため

であったが、その隙がなかった。

「周防にて5千石の知行をあてがう」

と言い渡され、西に送られることになった。

山中鹿介の墓(岡山県高梁市落合町) 
ya.山中鹿介の墓

彼は首にかけて秘蔵する「大海」の茶入りを袋に入れてかけ、荒見国行の刀を差し、最初に信長にお目見え

した時に貰った四十里鹿毛の駿馬にまたがって上月を出発して、備中甲部川(高梁川)の阿井の渡しまで来

た。

護送の者どもは、先ず鹿介の郎党2人を舟で渡した。

鹿介は河原の石に腰かけて、その舟が帰って来るのを待っていた。

すると、後ろから斬りつけられた。河原新左衛門という者であった。

「これは!」

と言いながら、鹿介は川へ飛んだ。すると福間彦左衛門という者が飛び込んで、鹿介の頭を押さえてつけた。

同時に河原も飛び込んで足を押え、福間が首を上げた。

鹿介享年34歳であった。

立原源太兵衛は助命され、毛利家は彼を石見に連れて行き家臣にしようとしたが、彼は風雨の日に脱出し

て京に上がり、蜂須賀家に身を寄せて、阿波で1613年に没しています。


阿井の渡し *備中松山城のすぐ近くです。




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pig 20150209


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:三木城
上月城が落ちたとき、羽柴秀吉は別所長治の三木城を攻城しており2年に及ぶ兵糧攻めの末に三木城を落としています。(三木の干殺し)



                                       <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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しくしく

こんばんは。

鹿くん、最期までほんとにあきらめない人でしたね(ノ_<。)
元春隆景様にとっては、危険分子。生かしておくわけにはいかなかったのでしょう。
しくしく。piglet君と一緒にしくしく。

で、大海と信長様から拝領したお馬さんはどうなったのでしょう。おばちゃんはこっちも気になります。

つねまる さま

つねまるさん、ヽ(〃・ω・)ノ☆゚’・:*☆ありがとうございます♪

せめて明るくいかないとお通夜になってしまいます。
なんだか、武田勝頼の天目山を思い出してしまいまする。

> で、大海と信長様から拝領したお馬さんはどうなったのでしょう。
おばちゃんはこっちも気になります。

ひょっとして、こちらが欲しくて殺ったのかも知れないですばい(-`ェ´-怒)
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