戦国時代の出世

『戦国時代は出世しやすかった?』

戦国時代は下克上という言葉があるように、身分の低い者でも実力さえあれば身分の高い者に打ち勝って

出世するのも夢ではなかったのです。

農民の家に生まれ、天下人となった豊臣秀吉はもっとも有名な出世頭でしょう。

また、美濃のマムシと恐れられた斎藤道三も代表的な下克上の戦国大名のひとりです。

津城の籐堂高虎像 (津城の登城記は「こちら」です。)
to.籐堂高虎

一方、仕える主君を8度も変えながら出世していったのが籐堂高虎です。

彼は、最初は浅井長政の足軽として仕えていたが、長政が織田信長に敗れると仕官先を変えながら流浪し

ます。

信長の甥の織田信澄に仕え、次には秀吉の弟である羽柴秀長とその息子・秀俊、のちに秀吉に仕えている

のです。

最後は徳川家の重臣となり、献身的に忠義を尽くして家康からの信頼も絶大であったという。

徳川家では3代将軍・家光まで仕えて、その生涯を終えています。

今でいえば、度重なる転職の末に大企業の重役にのぼりつめたようなもので、異例の出世コースだったとい

えるのでしょう。



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sakura 20150212



『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:鎌倉幕府
1332年、後醍醐天皇の倒幕運動に呼応した河内の武将・楠木正成と、鎌倉幕府軍との間で起こった戦いです。
千早城には城内に水源があったため、鎌倉幕府軍に対して落城することはありませんでした。



                              <参考文献:戦国の合戦99の謎(歴史ミステリー研究会)>
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