美濃のマムシ 「斎藤道三」 その6

『当時の美濃の形勢』

庄五郎(道三)が油売りをやっていた頃の美濃の形勢をみてみましょう。

斎藤道三(1494-1556年)
sa.斎藤道三3

美濃は鎌倉初期から源頼光の子孫で当国の武士である土岐氏が栄えていたが、この時代になると勢いが

衰えて、その重臣の家柄である斎藤氏もまた衰えて、その家老の長井氏が権威をふるっていた。

戦国という時代は、ひと口に下克上の時代であったといいますが、上は将軍家から諸国の大名に至るまで、

権力が下に下にと移った時代だったのです。

足利将軍の権力は管領たる細川家に移り、細川家の権力はその家老たる三好家に移り、三好家の権力は

家宰の松本氏に移っているのです。

諸国の大名もまた同じで、長井家は斎藤家の家老の家柄であったが、元来は一族であったのです。



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sakura 20150219


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:竹中半兵衛
1564年2月、竹中半兵衛は弟・重矩や舅・安藤守就とともに斎藤道三の孫・龍興の居城・稲葉山城(後の岐阜城)を16人の部下とともにわずか1日で奪取しています。
織田信長は半兵衛の稲葉山城奪取を知ると、城を譲り渡すように要求しますが、半兵衛はこれを拒絶し、8月には自ら稲葉山城を龍興に返還しています。



                                      <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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