美濃のマムシ 「斎藤道三」 その14

『日の出の勢いの勘九郎(道三)』

土岐頼芸は鷺山城から一旦川手城に移ったが、戦国の世にここは安全でないと山県市の大桑城に移った。

岐阜市から10数kmの深い山中の城です。

大桑城ミニチュア天守
oo.大桑城ミニチュア天守

日本の城郭史の面からいえば、城は山城から平野の城へと変化しかけている時代です。

戦争が複雑化して来て、城下に町屋を集めて、その地方の経済の中心ともなるようにしなければ、適応しな

くなったのです。

こんな時代に、平野の城を捨てて好んで山中の城に入るとは、頼芸が凡庸至極な大名であったことの証拠

でしょう。

あるいは腹に一物も二物もある勘九郎(道三)が言葉巧みに説いてこうさせたのかも知れません。

頼芸を擁立してお屋形をたらしめた功臣として、勘九郎は今や日の出の勢いとなった。

彼としては美濃の国政を専断したいのですが、そうはいかなかった。

稲葉山の城主・長井長張(長弘)がいるのです。

長井は勘九郎にとっては大恩人なのです。

今日の身分になれたのも、長井の世話があったから、勘九郎としては重々の敬意を払わざるを得ない。

恩義に対しては感謝の念があるのが普通の感情ですが、同時に恩義の負い目という言葉もあるように、重荷

の気持のあることも人情の自然です。

普通の人は重荷の気持ちを押し殺して感謝報恩を心掛けますが、人によって重荷は苦痛となり、苦痛は憎悪

と変化する。

勘九郎の場合は、そうであったに違いありません。


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いつもありがとうございます。


pig 20150306


『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:正徳時
道三は、娘・帰蝶を信長に嫁がせた後、正徳寺(一宮市冨田)で会見しています。



                                      <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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りんごジュース♪

こんばんは。いつもお世話になっております。
マムシ、何を勘違いし始めているのでしょう。怖いなぁ。
まだまだ戦国真っ盛り。居館では丸裸、山城で防備を固めなくちゃいかんと思った人もいるでしょうねぇ。

コーヒーですか紅茶ですか?

焼酎だよっ♪

ああ、一心不乱にかぷっとしてるpigletくん、かわいいですね~(≧∇≦)

つねまる さま

つねまるさん、おばんですば~い♪

マムシさんは勘違いだったいいですけど、とち狂ってますからねぇ~^^
彼は、どの時代に生まれたにしろ、萌芽したような気になってきました!

> 焼酎だよっ♪

失礼しました。軟弱な確認をしましてm(__)m

> ああ、一心不乱にかぷっとしてるpigletくん、かわいいですね~(≧∇≦)

ありがとう! 毎朝、一緒に食事しています♪
お皿に入れても食べないで、「pigパン!」と言って差し出すと走ってきます♪
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