美濃のマムシ 「斎藤道三」 その22

『家督を義龍に譲る』

道三は美濃の太守となったものの、ここにたどり着くまでの手段がすべて悪辣を極めているので、領内の武士

たちは心服せず、なにかあると離反の色を出します。

斎藤義龍(1527ー1561年)
sa.斎藤義龍

そこで道三は一計を案じて、側室・深芳野が最初に産んだ子・豊太丸がこの頃では16歳となり、新九郎義龍と

なっていたので、左京太夫兼美濃守の官位を受けさせ家督を譲り、これを太守とします。

義龍が土岐頼芸の子であることは前述したとおりで、人々も皆知っていることなのです。

「新九郎様は土岐の血統を受けていなさるお方である」

と、心を傾けるであろうと計算した結果なのです。

この計略は旨くいきます。

「義龍様は前の太守の御一子であること顕微(けんぜん)である。道三殿がこれをもって太守公と仰がれるうえ

は、あえてさかろうべきでない」

と、皆々が反抗の色を捨てて道三に帰服したというのです。

道三は名義上隠居になった訳ですが、実際には権力を握りしめて離しません。

一応領内は静まり、道三の統制は行き届いたが、騒ぎは国外から起こった。

はじめ道三が頼芸と計って越前に追った盛頼(頼武)と、尾張に追った頼芸が通謀して、越前の朝倉家の支援

と織田家の助勢を得て、1544年8月半ばに南北から進攻して来たのです。

越前勢は7千余人、尾張勢は5千余人という大軍です。

道三は驚きながらも直ちに出動し岐阜市の南の野で戦ったが、形勢はかんばしくない。

道三は敗けると決まった戦を続けるような男ではなく、直ちに和睦を申し込んだ。



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いつもありがとうございます。



pig 20150318



『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:兄弟、縁者に身を寄せた
織田信秀と道三が和睦すると土岐頼芸は後盾を失い、再び道三に追放され、妹の嫁ぎ先である近江の六角氏、続いて実弟の治頼がいる常陸、次いで上総の土岐為頼を頼り、後に甲斐の武田氏に身を寄せています。

≪今日の問題≫


                                      <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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こんばんはー!

pigletさん!パンだけだと
喉が詰まっちゃうから
りんごジュースを一緒にどーぞ(*´∀`)

ようニャン さま

ようニャンさん、こんばんわ~♪

pigletは、今、パンに燃えています^^
人間であれば喉につけえちゃいますよね!

いつもペレットに馴れていますから、大丈夫なようです。

お皿に載せてあげてもダメで、いつも手渡しで食べるの
ですよ。
朝は忙しいのですけどね><
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