美濃のマムシ 「斎藤道三」 その25

『たわけ殿の門前に馬を繋ぐ』

富田正徳寺は尾張中島郡の木曽川左岸(現在は名古屋氏天白区に移転)にあり、この時代は美濃領と尾張

領の中間に位置し付近一帯が本願寺領で、いわば中立地帯であったこの場所に双方がここに来て会見した

のです。

戦国無双・織田信長
od.織田信長 戦国無双2

この時、信長は大たわけ・乱暴者を如実に表したもの凄い異装でやって来て、やがて会見になると最も行儀

正しい長裃(ながかみしも)姿となって現れ、美濃の君臣を驚倒させたという話は、あまりにも有名な話です。

この会見が済んで信長が帰るのを道三は20町ばかり馬を並べて見送ったが、見送りを済ませて帰る途中、

道三は猪子兵介という武へん者の側近に

「どう見たぞ、わしが婿殿を?」

「されば」

兵介はニヤニヤと笑っていった。

「どう見直しても、お気の毒ながら大たわけでござりますな」

婿の悪口をここまで舅に言う心理はわかりませんが、世は戦国時代でおのれ以外の者はみな敵だということ

でしょう。

兵介は道三が喜ぶであろうと思って言ったのです。

ところが道三は憂わしげな顔で、しみじみと言ったという。

「さればのう、無念なことじゃ。あのたわけ殿の門前に、わしが子供らは馬を繋ぐことになるであろうよ」

“門前に馬を繋ぐ”とは、臣従するという意味なのです。

この時、道三60歳。



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pig 20150326



『戦国クイズ』

≪前回の解答≫
正解:2歳
織田信秀の長子は織田信広ですが、母が側室という立場から家督の相続権はなかったらしく、母・土田御前が正室であったため、その子・信長が嫡男となり2歳にして那古野城主となっています。

≪今日の問題≫


                                    <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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