『直江兼続』 その11

『上杉家相続、苦渋の決断』 その6

【御館の乱】

決心すると兼続の行動は早かった。

景勝を本丸に入れ、同時に金庫蔵と武器蔵とを占領した。

春日山城毘沙門堂
ka.春日山城毘沙門堂

兼続は先制攻撃こそ最良と判断し、景勝に上杉家を継承してもらう。そう決めた以上、躊躇する必要はな

かったのです。

兼続、景勝が仕掛ける形で「御館の乱」は始まっています。

この内粉には、景虎の実兄・北条氏政が絡み、さらには武田勝頼が出陣して越後を最大の危機に立たた

せています。

兼続は知勇だけでなく謀略の限りを尽くし、19歳の青年軍師のやることとは思えないほどの策士ぶりであ

ったという。

勝頼を懐柔するために、まだ正室のなかった景勝に勝頼の妹・菊姫を娶る約束をし、さらには「景勝が木曾

殿同様に武田家の家臣一武将になる覚悟」とまで言わせた。

金蔵にあった黄金や金を惜しみなく使った。

その結果、勝頼は景勝の有利となるように動いた。

景虎への攻撃も、景虎派の重臣たちへの攻撃も容赦がなかった。

前関東管領の上杉憲政と景虎の嫡男・道満丸をだまし討ちに近いやり方で殺したのは兼続の意志ではな

かったが、その責任は自分に帰すと思いながら、ついには景虎を追いつめて自刃させて御立の乱は終結

しています。



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いつもありがとうございます。



sakura 20150517


                             <参考文献:参考文献:実伝直江兼続(火坂雅志編)>
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おさえるべきは

こんばんは。いつもお世話になっております。
兼続、金と武器を真っ先に抑えたのですねー。さすが。
「木曽殿」とは、義仲の系統の木曽さんでしょうか?「あの木曽殿でさえ」と、落ちぶれた人(←言い過ぎ)の代名詞?

お嬢様、何をなさっておいでですかっ。お顔がしわくちゃになりますことよー。

つねまるさま

つねまるさん、こんばんわー♪

景勝クンより、兼続クンの方が常に目立ちますね!
景勝様の命令は、三成の挙兵で西方に折り返す徳川軍を追わないで、
「山形の最上氏を攻めろ」ぐらいしか記憶がありません><

> 「木曽殿」とは、義仲の系統の木曽さんでしょうか?「あの木曽殿でさえ」と、落ちぶれた人(←言い過ぎ)の代名詞?

そうですね。
凋落の一途を続ける名門木曾氏ですね!
図式は同じなのですね。 武田家の姫を娶る(スパイを入れる)。

つねまるさんの指摘のように、
木曽氏は名門でありながら、新府城の建設で謀叛を起こし、信長側に寝返っていますので
人気がないのでしょうね。

余談ですが、、
謙信と信玄の川中島の戦いは、まるでスポーツをやっているみたいで、相手を致命的に
やっつけない、よき時代だったのでしょうか。
このほのぼの感がいいですねぇ。
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