『直江兼続』 その20

『関ヶ原決戦の秘策』 その1

【水落城での密談】

直江兼続と石田三成がはじめて対談したのは1585年の秋だったといいます。

その年の8月、富山城に佐々成政を降した羽柴秀吉は、越中・越後国境に近い落水城で上杉景勝と会談して

いる。

天地人の三成(小栗さん)
is.石田三成 小栗002

上杉三代日記では

「景勝は直治(兼続)を召連れ、秀吉公、石田一人にて、堕水(落水)の奥の間にて、二時計りの御相談なり」

と記しています。

このとき、兼続と三成は同年の26歳、初対面でたちまち意気投合したというのです。

この2人は初対面とはいえ、兼続と三成はまったく知らない仲ではなかったのです。

1583年、秀吉が賤ヶ岳の戦いに勝利して越前北庄城に柴田勝家を滅ぼしたおり、景勝は秀吉だけでなく三

成と増田盛長にも贈り物をして祝意を表した際に、三成はこれに対し兼続に答礼の書状を送っているのです。

翌1584年、秀吉が和親の証として景勝に人質を要求したとき、景勝は上条宣順(政繁)の3男・義真を自身

の養子として送っていますが、この交渉を進めたのも兼続と三成であり、三成は兼続へ礼状をしたためてい

ます。



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pig 20150527



                                   <参考文献:実伝直江兼続(火坂雅志編)>
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