『直江兼続』 その25

『関ヶ原決戦の秘策』 その6

【破邪顕正(はじゃけんしょう)】

行政官僚として卓越した手腕を発揮した三成も、武略に秀でた戦巧者ではなかったが、三成の下には「鬼神

をも欺く左近」と恐れられた稀代の軍師・島左近清興がいました。

島 左近(1540-1600年)
si.島左近

左近は大和の筒井家の旧臣であったが、三成が破格の高禄で召し抱えていたのです。

破格の厚遇であったので、その心意気に感激した左近は、謹厳実直で観念主義に陥りがちな三成の心眼と

して、忠節の限りをつくしたという。

「三成に過ぎたるものが2つあり、島の左近に佐和山の城」

という俗謡も生まれたほどです。

その左近が作戦参謀として謀議に加わり、知勇兼備の兼続と戦略・戦術を練ったのでしょう。

ところが、上杉軍は関東に乱入することなく最上領へ侵攻します。

兼続は反転西上する家康の追撃を景勝に強く迫ったが、破邪顕正の義戦を標榜した謙信の生き方を踏襲し

ようとする景勝は、敵の撤収に乗じての追撃は正義に反するとして、首を縦に振らなかった。

兼続もまた謙信を主君以上の師と仰ぎ、謙信同様に「義」を最大の規範として生きてきたのです。

かくて断腸の思いで主張を撤回し、矛先を転じたのです。



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pig 20150604




                                        <参考文献:実伝直江兼続(火坂雅志編)>
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しまさこにゃん♪

こんばんは。夜分に失礼致します。
みつにゃんと、しまさこにゃん。ひこにゃんにのっかったゆるキャラさんですが。ふふふ。
誰の小説だったか、お腹を壊し気味の三成の世話をする左近が渋く書かれていたものがあり、その小咄が印象的で。
佐和山の麓の左近の屋敷跡でにやにやするのが彦根訪問時の恒例行事。

pigletくーん、まず、ちょんまげ用の毛をくださいねー。お、胸の毛、よいねぇ。オーダー変更するなら、今ですよー。

つねまる さま

つねまるさん、こんにちわ~♪

みつにゃんのゆるきゃら、長浜城で見たことあります♪

お腹こわしの三成はなしも読んだことありますよー^^
関ヶ原の時、しまさこさんは還暦だったとは驚きですよね。

> 佐和山の麓の左近の屋敷跡でにやにやするのが彦根訪問時の恒例行事。

ここは、スルーしてしまいましたので、次回には、ぜひ立ち寄りしないと
いけない場所です。

> pigletくーん、まず、ちょんまげ用の毛をくださいねー。お、胸の毛、よいねぇ。オーダー変更するなら、今ですよー。

夏は本当にすき挟みですいてやりたいです。
少し動くと、ごろんとしてお腹で息をしています><
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