『直江兼続』 その28

『家康への痛烈な挑戦状』 その3

【怒り心頭の家康】

兼続の返書は、家康の痛いところを見事なまでについています。

上杉家に逆心ありと騒ぎ立てているが、天下に野心があるのは家康の方ではないかと、真実を暴き立てて

いるのです。

前田慶次郎(1533-1605年)
ma.前田慶次郎(利益)

まさに宣戦布告だったのです。

正々堂々と正論を述べた兼続の書状に前田慶次郎ら家康のやり方を覚えていた者たちは

「よくぞ言ってくれた」

歓声をあげながら兼続を助けるため会津に駆けつけた。

当然のことながら、書状を受取った家康は顔を真っ赤にして激怒し、ついに上杉征伐を決意します。

それにしても兼続は、なぜ家康の怒りの矛先をわざわざ上杉家へ向ける書状を書かなければならなかった

のでしょうか。



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いつもありがとうございます。



pig 20150609




                                        <参考文献:実伝直江兼続(火坂雅志編)>
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闘志!

こんばんは。いつもお世話になっております。
兼続は焦ったのでしょうか?高齢の家康は待っていれば兼続達より先に亡くなるはず。秀頼も成長すれば後継者として活躍するかもしれないのに。

でもねぇ、やはり、秀頼(若いし)や三成では家康に比べたら器が小さい。東西共に、皆が下心満載で勝手に盛り上がった気がしないでもないですね。

兼続の逸話を見ても、大きいんだか、小さいんだか、とても微妙な感じがします。どちらかというと、視界が狭いというか、殿しか見てないというか。

pigletくん。だから丸刈りにしたら・・・。貴方のもふもふ毛は、お姉さんの襟元に。

つねまる さま

つねまるさん、こんばんわ~♪

家康さんは長生きしたから、数多くのチャンスが廻ってきたのでしょうか。

なにか家康さんが天下を盗んだようなことになっていますが、実力ある人の手に
渡るのが戦国の世なのですよねー。

> 兼続の逸話を見ても、大きいんだか、小さいんだか、とても微妙な感じがします。どちらかというと、視界が狭いというか、殿しか見てないというか。

そう、兼やん、三にゃんは、所詮家老レベルの人材ですよねー。

豊家としては、秀次を死に追いやったことが誤算の始まりだったような気がします。

当時の人々が太平の世を望んでいたのなら、家康さんの手に天下が落ちて良かったのでしょうね。
家康の手に天下が落ちていなかったら、群雄が割拠する世がまだ、まだ続いていたのかも知れないですから・・・。

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