『四国の雄 長宗我部元親』 その10

『姫和子(ひめわこ)』

長浜城を取られた本山梅慶は激怒して、1千の兵を繰り出した。

長宗我部国親はわずか3百人を率いて途中で迎え撃ち、10時から正午までの2時間に渡って行われたが、

国親は勝利を得ます。

長曾我部元親初陣の像
ty.長宗我部元親 002

その後、数日の間に本山方の浦戸城を攻め、これを落としたが、間もなく国親は急病で没してしまった。

死に臨んで、嫡男・元親を枕元に召し

「必ず本山を討ってわが霊前にたむけよ」

と遺言したという。

思いもかけぬ父の急死によって家を継いだ元親は、きっとこの機に乗じて本山から押し寄せてくるであろう

と覚悟した。

土佐物語では、元親は

「生得背高く色白く、柔和で、器量骨柄あっぱれ類なしと見えながら、寡黙で、人との対応あいさつなどもは

かばがしくなく、日夜深窓にばかりこもっていたので、家臣らは姫若子とあだ名して、上下ささやき笑ってい

た」

というのですから、元親自身の覚悟は別にして、家臣らは心細かったでしょう。


長宗我部元親は幼少の頃は、長身・色白でおとなしい性格で人に会っても挨拶も返事もせずにぼんやりして

いたため、軟弱ともうつけ者とも評される性格から「姫若子」(ひめわこ)と揶揄され、父の国親は跡継ぎとして

悩んでいたそうです。



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いつもありがとうございます。


sakura 20150727


                                       <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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姫様♪

こんにちは。いつもお世話になっております。
元親、雌伏の時を過ごしていたのか、ほんとにナヨナヨさんだったのか。尾張の信長のこともあるし、わからないですね。

お嬢様、あし!手!しもやけになりませんかっ。いくら暑くても油断大敵~。

つねまる さま

つねまるさん、こんばんわ~♪

情緒的なことは自分が触れた情報で、創作的イメージを膨らます以外はないのかも
知れませんね。
これが歴史を楽しむひとつなのかもしれません。
ライスジュースで一献交わしながらの、歴史夜話も楽しいでしょうね♪

> お嬢様、あし!手!しもやけになりませんかっ。いくら暑くても油断大敵~。

そうなんですよ!
氷遊びをするのは彼女だけなんです。
犬、猫と違い肉球がなく、足全体が毛で覆われていますので、平気なのでしょうか。
長時間はいっているのではなく、駆け回った後に体をクールダウンさせているようです。
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