『四国の雄 長宗我部元親』 その11

『卓抜な武将』

元親が予想したとおりであった。

本山梅慶は2千人余りを率いて長浜に向かった。

長浜城
na.高知長浜城

知らせを受けた元親は、5百人余りを率いて迎え討つため長浜から潮江堤で迎え討った。

しかし、多勢に無勢です。

元親勢は崩れたった。

「退くな者ども!」

元親が馬の鞍に立ち上がり、采配をふって旗本の勢を繰り出そうとしているところに、敵兵2騎が前後から

斬ってかかった。

元親は奮い立ち槍をふるい、2人を突き止めた。

これに励まされ、味方は勇気百倍になり、敵を圧迫し、ついに追い崩した。

この潮江には本山方の城があった。

元親はこの城に目をつけ

「この勢いに乗じて、乗り取ろうぞ」

と言った。

家臣らは

「勝って兜の緒をしめよと申します。この少人数にては無益のことであります」

と諌めたが、元親はきかない。

「思う子細がある」

と、真っ先に進んで、山をよじ登りにかかったので、兵はしかたなくそれに従った。

ところが城内からは何の応戦もない。

上り着いてみると、城内には誰もいない。みな落ち失せていたのです。

兵たちは驚き

「先刻、子細ありと仰せられましたが、このことがお判りになっていたのでありまようか」

と、元親に聞くと

「先刻の合戦にうち負けて逃げ散る敵兵が、ひとりもこの城へは引き取らぬ。さてはこの城は本山に対して

二心を抱いているのであろう。しからば必ず戦わずして降伏するであろうと思ったのよ」

と言ったので、家臣たちは槍を地に置いて平伏し

「君は天性の武将でおわす。当国は申すにおよばず、四国全体の主になり給うでございましょう」

と感嘆したというのです。

柔弱な美少年の殿とばかり思い込んでいたとすれば、この判断は卓抜な武将であると、一日で思いを変え

たことでしょう。



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pig 20150728



                                       <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎薯)>
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