『秀吉の大陸進出の野望』 その2

『朝鮮への口上を改ざん』

宗氏の口上は説明するまでもなく、秀吉の口上の改ざんであり、大胆不敵なものであった。

朝鮮と親密な関係にある宗氏の立場としては無理のないことであっても、もし秀吉に知れると激怒することは

間違い内容であった。

とうてい宗氏と小西行長だけの相談で踏み切れることはなく、2人に相談を受け、これを踏み切らせたのは石

田三成であったという。

石田三成(1560-1600年)
is.石田三成 002

三成は江州佐和山10数万石の身代でしかないが、秀吉の官房長官的地位にあって、秀吉に信任され、ある

点ではその威勢は徳川家康や前田利家に勝るほどであった。

三成は秀吉が陽気なあまりに景気のよい放言をする癖があることを知っており、朝鮮に服属せよと言うのも、

つまりはそれで朝鮮が修好の使節を送り、公貿易の条約でもしてくれれば、それで済むことと判断し、口上の

改ざんを許したのです。

「殿下は決してお怒りにならんだろう。お怒りそうであったら、旨くごまかしてしまおう。向こうからの文書は漢

文でくるのだ。とうてい殿下に読めるものではないから、読み役の者どもに手をまわしておけば、ばれる気づ

かいはない」

というのが、三成の考えであった。

三成のこの決意は賄賂などを受けてなされたのではなかった。

彼は権威欲は強かったが、物質欲のない人間であった。

この方がまるく収まって、秀吉のためにもなると判断したのでしょう。

この時点においては、秀吉が外征に踏み切ろうとは、三成には考えられなかったのです。

秀吉自身は、しばしばそれを口にしていたが、威勢のよい壮語は秀吉の癖だから、三成はそれだと思ってい

たのでしょう。




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<参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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