『秀吉の大陸進出の野望』 その18

『高麗情報のない清正』

加藤清正は屋敷に戻り、その翌日、海路、隈本(熊本)に戻りつくや、家中に陣触れして、出陣の支度に
かかった。

熊本城・清正像
ka.加藤清正像 001

先ず、かねて調べをつけておいた領内の高麗人らを呼び出して、高麗の道案内が務まるかどうか質問

したが、いずれも

「わたくしどもは、元来高麗の海辺の生まれでございまして、少年の頃から船に乗って貿易に従っていま

したので、海辺のことは多少は存じていますが、内陸のことはまるで不案内なのでございます」

という。

嘘はなさそうである。体が丈夫そうで、気の利いた者だけ2人を選んで連れていくことにした。

もちろん、扶持をつかわして召抱えたのです。

いずれも妻子がいて、その妻は日本人である。日本人は太古から奇妙なくらい人種的差別心がなく、差

別心ができたのは江戸時代の鎖国からであったという。

ここを研究してみるのも面白いかも知れません。


ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。



清正公の熊本城
20130707 熊本城 008




                                    <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

piglet01

Author:piglet01
Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



ランキングに参加しています

人気ブログランキングへ







20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ