『秀吉の大陸進出の野望』 その20

『明はおなごのような国』

秀吉が外戦いを思い立ったのは、土民からの成り上がり者である彼としては、自分の偉大さと万人に卓越

した力量とを、絶えず全国民に見せつけていなければ、不安だったのでしょう。

北野大茶湯碑
ki.北野神社

彼はこれまでの日本の英雄たちの誰もしようとしなかったことを、次から次へと実現して見せてきた。

天下統一は勿論ですが、2度にわたって巨額な金銀を皇族・公家・大名・家来どもに分与している。

もう国内で出来ることはし尽くし、今は外征以外に皆を驚嘆させる途はなかったのでしょう。

しかし、この思い立ちは、敵情の調査はないが、船の支度や兵站の輸送や軍勢の準備などは、実に周到に

できたが、彼の敵情についての知識はかつての八幡船の話だけだったのです。

倭寇の全盛期には、日本人らは僅か6、70人の人数で中国を襲い、思うがままに掠奪した。

その僅かな人数で、内部まで入り込み、各地を横行し、南京城の城門まで攻めた連中もいたという。

その時、明の正規軍が鈴なりに上がっていたが、その6、70人が悠々と城門前を歩き回るのを、まるで手出

しせず、なすがままに任せたという。

秀吉はこれらの事実を聞いて

「明はおなごのような国、それに属国となっている高麗はデクノボウの国、ひたたまりもあるものか」

と、見くびっていたのです。



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いつもありがとうございます。



北野神社拝殿(国宝)
ki.北野神社拝殿




                                     <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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No title

加藤清正好きの私としては、今回のテーマは
興味深いです

で、秀吉のアイディアは信長のアイディア80%でなかったかな、と。
信長が常々語っていたことを、秀吉が取りいれ実践したんじゃないかなあ、
と勝手に思っています。

まにゅの子 さま

まにゅの子さん、こんにちわ~♪

> 加藤清正好きの私としては、今回のテーマは
> 興味深いです

せいしょこさんファンは結構多いですよね。
郷土の誇りですから、嬉しい限りです!

> で、秀吉のアイディアは信長のアイディア80%でなかったかな、と。
> 信長が常々語っていたことを、秀吉が取りいれ実践したんじゃないかなあ、
> と勝手に思っています。

アイデアとしては、信長さんの完全受け売りだったのかも知れませんネ。
でも、完全にもうろく状態だったようですから、出兵した諸将は大変だった
のでしょう。
清正公は、通算7年も行っていたとか・・・。
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