『秀吉の大陸進出の野望』 その31

『小西軍の後塵を行く清正軍』

加藤清正は慶州から氷川に向かった。この間には川があり山岳があったので、2日を費やし23日に氷川に

着いた。

ここには城塞があって兵が守備していたが、ほんの形式的に防衛しただけで逃走した。

小西行長(1558-1600年)
ko.小西行長02

戦はここが最後であった。安東、新寧、義興、軍威、比安と、道筋にはずっと城塞があったが、いずれもその

近くまで行くと、使者が来て降伏を申し入れたのです。

清正軍が戦えば勇猛鬼神のようであるが、軍規厳正で少しも乱暴しないことが評判になったからであった。

比安から行くと、豊津も竜宮河という川がある。下流は洛東江という大河になって釜山近くの近海湾に注い

でいる。

これを渡って、竜宮を通って聞慶に来ると、3日前にここを通って小西行長軍が通過したことがわかった。

聞慶の城は焼けていた。

小西軍が近づくのを聞いて、城兵が自ら焼いて逃走したというのです。

また、小西軍がここに来るまでに尚州で相当な戦闘をして、朝鮮軍を撃破し、京城から大将軍として来た利鎰

(りいつ)は、鎧を捨て、着物を脱ぎ捨て、裸になって、ここを通って、なお北走して行ったことも聞いた。

「その大将は、ここに一旦とどまって、都に敗戦のことを書いた手紙を使いに持たせてやって、ここの先に鳥嶺

(ちょうれい)という要塞がありますけん、そこに兵を集めて防ぐ工面したそうですばってん、すぐまた臆病風に

吹かれて、逃げ出したと申しますばい」

と、徳五郎は住民から聞いて報告した。




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小西行長の宇土城
ut.宇土城 005



                                   <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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