『秀吉の大陸進出の野望』 その34

『妙法、蛇の目、桔梗の紋の旗』

土民に尋ねながらの徳五郎の説明は続く。

申砬は智略には欠けるところがあるが、恥を知る武将ではあった。

味方が今や崩れたとうとするのを見ると、死を決して退勢をめぐらそうとした。

馬に飛び乗り、配下の兵を率いて日本軍目がけ突進したが、配下の兵は途中から四散してしまい、彼ひとり

に銃弾が集中し、馬は傷ついて倒れ、彼もまた数創を負った。(弾琴台の戦い)

とうていもう突撃はできない。

しかたなく引き返し、川に身を投じた。

清正公の旗台(加藤神社)
20130707 熊本城(加藤神社) 010

不甲斐ないのは利鎰(りいつ)であった。尚州での敗戦の恥を挽回しようともせず、ここでもまた逸早く逃走し

たという。

清正は土民らに銭を与えて帰し、また行軍を始めた。

清正の馬前には、妙法の旗と蛇の目の紋の旗と桔梗の紋の旗の3旗が、夏の太陽に照らされながら進む。

清正は旗を見ながら「また、ひとつ遅れた」と思い、小西への恨みが切になった。

29日の夕方、忠州から5、6kmの地点に達すると、斥候が馳せ帰って来て、小西軍がまだ忠州に帯陣して

いると知らせた。

これは思いがけない幸いであった。

いくらこちらが急いでも、向こうも急いであろうし、その上、弱敵であるから多分京城まで追いつけないだろう

と思っていたのであった。

すぐ

「清正、唯今これこれの地点まで来ています。追っつけ、そこへ到着いたすでござろう。たって面談いたした

いことがござれば、お待ち願いたい」

という口上を持たせて、軍使を走らせた。

馬足を進める清正の胸には、怒りが渦巻いていた。

“面罵してやる!”

と、ギリギリと歯ぎしりをしながら思いつめていたが、いよいよ忠州に近づいて、炊煙が上っている郊外の村々

が見えるあたりまで来ると

“いやいや、心を静めて、おちついて話をつけるべきだ”

と、思いかえして心気を静めた。



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いつもありがとうございます。



清正公の熊本城(現存の宇土櫓)
ku.熊本城04



                                    <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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あれれ?

こんにちは。いつもお世話になっております。

清正のお話を拝見するにつけ、彼の地元を思い出して切ないです。

宇土櫓が清正の居城なのですか?
き、清正、泣いちゃだめよー。残してくれてありがとう、だよー。

っと、那智勝浦より温泉でほこほこしながら。
やっと168号が通じたので紀伊半島縦断です。

つねまる さま

つねまるさん、こんにちわ~♪

せいしょこさんは、苦労したよですからね><

> 宇土櫓が清正の居城なのですか?

宇土櫓は熊本城にある櫓ですけど、ちょい昔までは小西さんの宇土城の
天守を持ってきて、櫓にしたという話でしたが、解体し修理を行った際に
違うことがわかったようです。

余談になりますが、畳も塗り壁も「芋がら」であったようです。
まさしく戦う城であったようです。
熊本も新幹線でビューと行けますから、足を運んでください!

> やっと168号が通じたので紀伊半島縦断です。

いいな、いいなー。
未踏の地を楽しみにしています♪
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