『秀吉の大陸進出の野望』 その37

『正理な清正』

清正は続ける。

行幸(みゆき)橋の清正公像
ku.熊本城 20110204 001

「拙者は上陸以来、数度この国の軍勢と戦いをして、ここまで参り、この国の軍勢がどんなものであるのか、

よく存じている。これほどの弱敵に今まで出遭ったことがない。このような敵に対して、攻めに攻め、追いに

追わねば、勝つべき潮合を外すなどと、しらじらしいことを仰せられるものではござらぬ!それは拙者を愚

にしたうえに愚にした口上でござるぞ!」

小西はついていた両手を膝にあて、胸を張って清正を見た。

「これはしたり。拙者は貴殿を愚にしようなどとは少しも思っていませぬ。拙者はお侘びしているのでござる」

よく言えば物馴れたところ、悪く言えば狡猾なところです。小西は清正のなじる戦いの潮合のことには触れな

いのです。

清正は誤魔化されず追及する。

「それでは、貴殿はこの国の兵を手ごわしと思われたのでござるか」

「手ごわし、手弱しに関係なく、戦は潮合でござろう。出来るだけ味方の損害を出さぬようにして、手早く勝ち

を制するは合戦の道ではござらぬか」

小西も、いつまでも下手に出ているのは不利とみて居直った。

「いかにも仰せのとおりでござる。つまり判りきったことであります。とすれば貴殿は始めから履行の意思なく、

約束をなさったのである」

「これはしたり、なぜそんな・・・」

「合戦の道などということを申される以上、なぜ、それを約束をなさったのだ。敵が手ごわく、図を外せば味方

敗戦となるというなら知らず、無双の弱敵との戦いでござるぞ。大名と大名とが固めた約束でござるぞ。なぜ

破り召された!」

清正は鋭い舌鋒で、えぐるように責めつけた。

ここまでは清正が言うことは正理であった。しかし、この先が悪かった。



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熊本市役所から見る、熊本城御殿

ku.熊本城 御殿


                                     <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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