『秀吉の大陸進出の野望』 その43

『武将としての面目』

清正勢も鍋島勢、相良勢も息もつかず進んだ。先駆した斥候らの報告によると、京城の内には敵兵らしい

ものは全然姿が見えず、暴民らが王宮や富貴の家に乱入して掠奪をはたらいているという。

清正j公の片鎌槍
ka.加藤清正 片鎌槍

敵兵は都の守りを捨てて四散したようであった。

「急げ、急げ!」

清正はどなり立てながらしゃにむに進んだ。

こうなれば小西軍と、どちらが一番乗りするかの争いなのです。

京城が無防備な地となっている以上、一番に乗り入ったからとて特別な手柄とは言えないだろうと、平和な

時代のわたしたちには思われるが、戦功とはそういうものではなく、やはり一番に乗り入ったのが勲功第一

とされるものらしいのです。

その上、ここまで来るまでの間に清正は小西に冷飯を食わされ続けてきているのです。京城乗り込みだけ

は、どうしても先登しなければ武将としての面目が立たないと思いつめていたのです。

さらに進むと、前方からよちよちと駆け戻って来る者があった。

両足の先が地につきそうな小さな朝鮮馬にまたがった徳五郎です。

徳五郎も、この頃では甲冑を着せてもらい馬に乗っていたのです。役目は通事ですが、朝鮮服では朝鮮人

に対して、にらみが効かないからからなのです。

馬だけは普通の馬では怖くて乗れないというので、ロバほどに小さい朝鮮馬に乗っているのです。

今日は京城入りだというので、斥候の兵とともに先行していたのです。

清正は、その報告を聞くのに馬を止めるのを嫌って

「わしと馬をならべよ。進みながら聞こう」

といった。



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熊本城御殿・昭君の間 (豊臣秀頼を迎えるため用意したとか・・・)
ku.熊本城 20090706 御殿002昭君間


                                    <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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