『秀吉の大陸進出の野望』 その46

『詰めが甘い日本軍』

清正軍も小西軍も京城に入って一夜を明かし、翌朝、諸将は集まって軍議し、その結果は

「一応ここに留まって、後続部隊の到着を待つべきであろう。殿下のお指図も仰がなければならない」

ということになった。

加藤清正(1562-1611年)
ka.加藤清正 002

もし、諸将が気を弛めず、なお進撃して追いかけたら、国王を捕らえることができたかも知れないし、そう

なれば秀吉のこの出兵は成功し、東洋の歴史も違っていたのかも知れません。

しかし、清正も小西も、その他の将らも追撃を主張しなかったのです。

一国の首都を陥れたということは大変なことであるから、これで戦闘は終わり、朝鮮は降伏すると思った

のでしょうか。

国際戦に馴れないからの失断です。

民族を異にする国の間の戦争は、本質的には民族戦争となり、たとえ全部の領土が占拠されても民族が

存する限りは、執拗に続けられることが分からなかったのです。

清正らはまた相談して

「やがて、殿下は御渡海あって、ここのおいでになるであろうが、その際は御座所としては、この王宮以外

にはない。乱民のために焼き払われ、塀や礎石や敷瓦した床しか残っておらぬが、これだけでも大事にし

ておく必要があろう。きびしく番兵を立てて乱されぬよう護衛し、われらは城外に陣所を移そう」

と、決めてそれぞれ郊外に退去して陣所を構えた。



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熊本城・五間櫓のライトアップ
熊本城 007




                                      <参考文献:加藤清正(海音寺潮五郎薯)>
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